声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨Takahiro Ohmura

読書・論考

JUNE.27,2020_パーカーを乗り越えて

前回からの続きを気合で書いてみるの回。 www.ohmura-takahiro.com マイルス・デイビスに限らず、アート・ブレイキーも、ソニー・ロリンズも、バップの複雑化運動とその限界には早々に気がついただろう。けれどマイルスが突出していたのは、それこそ「コード…

JUNE.20,2020_チャーリー・パーカーという謎

最近あらためてチャーリー・パーカーを聴いてるんだけど、やっぱりこの人の演奏変だ……ヤベえ……となっている(何をいまさら!って感じだけど)。きっかけはジャズの歴史の流れが自分の歴史観のベースになっている、みたいなことを友人に話したことだった。な…

JUNE.16,2020_西深井の左官

友人の堀越一希が設計・施工した飲食店がarchitecturephotoさんで記事になるということで、短い文章と写真を寄せた。 architecturephoto.net - 以下、掲載されたもの以外の写真。やっぱりインテリア撮ろうと思うと、広角のレンズがいるなあと実感した。 - あ…

JUNE.6,2020_ひっくりかえす

ものすごく暑くなってきて、ほぼ半袖Tシャツ一枚で毎日過ごしている。せっかく窓を開けて気持ちのよい日が続いていたのに、エアコンつけないと真っ昼間はちょっときついような気候になってきた。もうすぐ梅雨だろうし、なんというか、快適にすごせる期間が短…

MAY.30,2020_建築家をやめるとき

以下のような一節からはじまるロビン・エヴァンスのテキストがある。 翻訳することは、運搬することである。それは変化させることなく、何かを動かすことだ。これがこの語の本来の意味であり、発生するのは直動(translatory)運動である。この直動運動とい…

ARP.15,2020_原論

斎藤憲さんの『ユークリッド『原論』の成立: 古代の伝承と現代の神話』(東京大学出版会, 1997)がとてもおもしろかった。古代ギリシア数学に関する古今東西あらゆる研究を網羅しつつ、それらを批判的かつ厳格に精査しながら独自の論点を提出している。 本書…

MAR.17,2020_ドミノの自己言及性

もっとも影響力のあるアンビルド・プロジェクトのひとつがル・コルビュジエのいわゆる「ドミノ」であることは、ほとんど疑いようのないことだと思われる(Fig. 1)。「家 domus」と「革新 innovation」からの造語で、正式には「Maison Dom-ino」(1914-15)…

MAR.6,2020_増田友也

コロナの影響で大学図書館が3月いっぱい休館、さらには国会図書館まで休館になってしまった。大学図書館には博論の参考資料が数十冊あって、もうほんと勘弁してくれよという感じ。2020年度の前期(7〜8月あたり)に審査・公聴会をしてもらおうと思うと4月半…

JAN.6,2020_棒馬について / 抽象化のふたつのモデル

『棒馬考』と題された、エルンスト・ゴンブリッチ(1909 - 2001)によるちょっと変わった論考がある。1951年に発表されたこのテキストは表題の通り「棒馬」について考察したもの、なのだけれど、そもそも棒馬(hobby horse)って何って話だ。棒馬とは文字通…

DEC.16,2019_最近の音楽①

半年に一回くらいやってる最近聴いてる音楽の報告回。1回でまとめようと思ったのだけど、予想以上の分量になっちゃったので明日と今日でわけます。 - ○ Kurt Rosenwinkel Bandit 65 / Searching The Continuum △ Kurt Rosenwinkel: g, voice, electronics, T…

DEC.1,2019_古代ギリシアのイメージ

久しぶりにアレントの『人間の条件』を読み直しているのだけど、素晴らしすぎて感動してしまった。これほど聡明な人がかつて地球上にいたのだということは、なんというか、救いに近いものがある。こういうテキストをするりと原著で読める語学力がほしい(ド…

NOV.29,2019_空間の触覚性

Twitterでちょろっと書いたのだけど、10/24の鈴木了二×中尾寛トークイベントで(一部の人間にとってはたまらない組み合わせだ)了二さんが写真の被写界深度のことについて興味深いことを話しておられたので、メモ。 TDC / crafTecセミナー@ ゲンバー特別回 …

OCT.11,2019_植物の生の哲学

最近でたエマヌエーレ・コッチャの『植物の生の哲学 混合の形而上学』(嶋崎正樹訳, 勁草書房, 2019)を読んだ。人間中心的、よくて動物中心的であった西洋哲学において、植物へのイメージが豊かに語られる事例は限られている(アリストテレスでさえ植物論は…

AUG.2,2019_10+1

たいへん光栄なことに、10+1 websiteで執筆の機会をいただきました。建築家の乾久美子さんの新しい作品集の書評です。乾さん、中山さん、青木さんというすごい建築家の並びに自分の名前が入っていることに違和感オオアリですが、ご高覧いただければ幸いです…

JULY.17,2019_マティスの布置

14日のブログでちらっとふれた平倉さんの論考「マティスの布置──見えないものを描く」(『ディスポジション:配置としての世界――哲学、倫理、生態心理学からアート、建築まで、領域横断的に世界を捉える方法の創出に向けて』, 柳澤田実編, 現代企画室, pp.21…

JULY.14,2019_肘掛け椅子

ふだん個人の自宅で飾られている美術作品が、その所有者へのインタビューとともに集められた展示をみた。とてもよかった。所有者の方々が絵や彫刻にまつわるエピソードを聞いていると、なんというか、とても胸がしめつけられる気分になった。愛(着)につい…

JUNE.26,2019_なぜフィクションか?②

前回からの続き。 www.ohmura-takahiro.com - シェフェールはミメーシス関係をあつかうさまざまな著作から、模倣(imitation)概念を5つの型に整理する。 a: 偽装 生物学や動物行動学において用いられる模倣概念。ここで想定されているのはまやかし(leurre:…

JUNE.17,2019_形式の可塑性

現在にいたるまでのおりふしで、建築物における強い形式性はそこでの行為の不活性化もたらす一種の悪因とみなされてきた。しかし、ルイ・カーンの建物にしろ、アドルフ・ロースの住宅にしろ、建築における明確な形式性がむしろ行為を活性化するために差し向…

JUNE.3,2019_なぜフィクションか?①

ジャン=マリー・シェフェールの『なぜフィクションか?』(慶應義塾大学出版会, 2019 / Jean-Marie Schaeffer: Pourquoi la fiction ?, Editions du Seuil, 1999)がすごくおもしろかった。ぼくの最近の興味どストライクな内容。さらにnoteで立石遼太郎さん…

MAY.31,2019_いくつものおおきさ

きのう、ギャラ間の展覧会に合わせて開催された中山英之さんの講演会を聞きにいってきた。大変におもしろくて、本当にいってよかったと思った。中山さんほどストイックに「おおきさ」を追求している建築家は他にいないかもしれないなと、あらためて感じたの…

MAY.27,2019_新たな約束事

門林さんのテキスト「メディウムを混ぜかえす」(『イメージ学の現在』第10章)がたいへん勉強になった。ロザリンド・クラウスの「ポストメディウム的状況 / 条件」をめぐる議論を、クラウスが刺激を受けていたスタンリー・カヴェルの映画理論にも目を配りな…

MAY.24,2019

こっそり美術出版社の「芸術評論募集」という論文のコンペに応募していたのだけど、めでたく落選となった。「アナーキズムの条件」というタイトルの、写真家の中平卓馬をあつかったテキストで、要旨は以下の通り。 - 1974年、中平卓馬は自身が表紙を担当し…

MAY,19.2019_共生②

共生、つまりあるオブジェクト同士の(仮設的な)接続関係を考察することは、建築をオブジェクト指向的な仕方で把握する際の重要なポイントとなる、ように思う。OOO的に建築を考えるということは、たぶん奇っ怪な、weirdな形態を生み出すことではなく、ある…

MAY.18,2019_共生①

ハーマンの新刊のメモ、ブログに書いていなかった。この本は「共生」というキーワードが出てきたので個人的はけっこう収穫が大きかった。以下、メモ。 - モノについての知識には基本的に二種類しかない。つまり、われわれにはモノが何でできているか、そして…

APR.27,2019_なんという感動

「感動」という現象を考察しているユベルマンのテキストがすばらしかった(ジョルジュ・ディディ=ユベルマン: なんという感動! なんという感動?, 橋本一径訳, photographers’ gallery press no.13, pp.69-85, 2015)。2013年に高校生にむけておこなわれた…

APR.21,2019_反復の先にある知覚について

きのうのことだけど、お誘いをうけて2件の建物の見学会に参加させていただいた。運のいいことに、その終わりに(2件目に見学させていただいた物件の担当だった)先輩に食事にさそっていただいた。実務に向き合っている先輩とじっくりと建築の話ができてとて…

APR.17,2019_エド・ルシェ

ジェフ・ウォールの「取るに足らないものの印」(1995)に出てくるエド・ルシェに関する一説はとても魅力的だ。ウォールは「アマチュアリズムの“模倣”」というこのテキストの中心的な主題の、もっとも純粋かつ模範的な作例のひとつとして、ルシェが1963年-70…

APR.12.2019_やわらかいからだ

助教の先生と話していて思いつきでしゃべっていたことのメモ。何かを批評したり、論じたりしたりするとき(とりわけ建築について論じるとき)、あらかじめ安定的に統一された「私」を措定することも、あるいは逆に「私」を完全に排除して(したことにして)…

APR.11,2019_せんだいメディアテーク

元号が変わるということでなんとなく考えていたのだけど、平成を代表する日本の建築はなんだったのか、という問いに対しては、たぶん多くの人が「せんだいメディアテーク」(伊東豊雄)の名を上げるのではないか。 せんだいが面白いのは、評価のしかたが(あ…

MAR.30,2019_講評会という制度について

ずいぶんと前のことなのだけど、2月にうちの学校で修士設計の講評会があって、ぼくは学部の卒業設計についてはしっかり聞けたわけではないので修士についてだけということになるのだけど、その講評会の進め方はちょっと違和感を感じるものだった(誰が悪いと…