声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨建築と写真を中心に、音楽、映画、美術、人文学などについて書いている備忘録です。

APR.17,2019_エド・ルシェ

 ジェフ・ウォールの「取るに足らないものの印」(1995)に出てくるエド・ルシェに関する一説はとても魅力的だ。ウォールは「アマチュアリズムの“模倣”」というこのテキストの中心的な主題の、もっとも純粋かつ模範的な作例のひとつとして、ルシェが1963年-70に出版した冊子群を挙げている。これはルシェの最初期の仕事にあたるものだ。たとえば1965年の"Los Angeles Apartments"

f:id:o_tkhr:20190417112951j:plainf:id:o_tkhr:20190417113005j:plainf:id:o_tkhr:20190417113008j:plain

△ Ruscha: Los Angeles Apartments (1965). / Source: https://bit.ly/2KJxF1C

 

ポップアート、還元主義、そして、それらの媒介項としての大衆文化のあいだで交わされる反響と交差の複合体にとって、多くの馴染みの理由により、ロサンゼルスはおそらく最高の環境であった。そして、その生い立ちゆえに、ルシェは「普通のアメリカ人」という社会的人格(ペルソナ)をとりわけ容易に身にまとうことができただろう。たとえば《いくつかのロサンゼルスのアパートメント》(1965)の写真はポップ・アートのブルータリズムを、きわめて実用的でおざなりに作られた写真(それは当該の建物のオーナー、管理人、あるいは住人によって撮影されたものとして示すこともできただろう)における低コントラストの単色性(モノクロマティシズム)と統合する。確かにそのうち一、二枚は芸術写真、さらには建築写真の基準をいくらか理解していることを示唆しているものの、大多数の写真は一般的失敗を厳格に見せびらかすことを面白がっているように見える。レンズと被写体との不適当な関係、撮影時刻と光の状態に対する鈍感さ、周縁の物体が唐突に切除された過剰に機能的なトリミング、描写された瞬間の具体的特徴に対する注意の不在。総体としてこれらは笑いを誘うパフォーマンスとなり、さらには「庶民」が自身と関係のある住居のイメージを作るやり方の、ほとんど悪意を感じさせるような模倣となっている。

ジェフ・ウォール: 取るに足らないものの印 コンセプチュアル・アートにおける/としての写真の諸相, 1995; 写真の理論, 甲斐義明編訳, 月曜社, p.137, 2017

 

 こうした方法をとるルシェは、同時期にリー・フリードランダーが(W. エヴァンズを引き継ぎながら)展開していたような「周囲に築かれた環境に対する疎外感」の演出的な表現をとることもなければ、アジェのように見慣れた風景への「可能的な経験を超えた眺め」を提供するわけでもない。ルシェの写真が劇的な表象の形態をとることは決してなく、それらはあくまで「貧しい表現」に踏みとどまっているように見える。貧しいものをそのままに、その貧しさを失うことなく表現されているこうした写真が「作品」として発表され、「写真集」として出版・販売されているというこの現象自体が面白いのだけど、それ以上に、この写真集が具体的に立ち上げる知覚、つまり素朴にこの写真集を読んだときのその感触自体がとても興味深いとぼくには感じられていた。以下のウォールの指摘は、ぼくがルシェを見ながらぼんやり考えていたことをほぼ完璧に言語化してくれていたので、とても驚いたのだった。

ルシェの本は「写真集」というジャンル、すなわち芸術写真がその中で独立を宣言してきた、ある古典的形式を台無しにする。《26のガソリンスタンド》(1963)は確かに、ロサンゼルスとオクラホマの彼の実家を結ぶルート上にある給油所を描写しているかもしれないが、その芸術的意義は次の事実から引き出される。(...)ガソリンスタンドの写真だけを撮り続けるというのは、愚か者くらいであろうが、そのような写真だけを収めた本が存在するということは、そうした人間が存在することの証明のようなものである。だが、その人間ーー周囲の他人とつながることができない、非社交的で取るに足らない人物ーーは、ひとつの抽象概念であり、構築されることによって、つまり、その人物の手によるものとされる生産物の構造によって、呼び起こされる幽霊である。無感覚的=非美的なものーー芸術的なものの縁または境界ーーは、この幽霊的制作者の構築を通して出現する。「取るに足らないものの印("Marks of Indifference")」とともに、モダニティはそれ自身を「自由な社会」において/として表現するが、幽霊的制作者はその印を可視化するのを避けることができないのである。

Ibid., pp.139-140

f:id:o_tkhr:20190417125848j:plain△ Ruscha: Twentysix Gasoline Stations (1963). / Source: https://bit.ly/2PeQoAT

 

 ウォールによるこの一説は、セクーラやクラウス、バッチェンといった様々な年代の論者によるバラエティに富む写真論が纏められた『写真の理論』(甲斐義明編訳)のなかでも、とびきり重要であるようにぼくには思えた。たとえばルシェの写真集を読んだときによって立ち上がるのは、写真それ自体から受ける情動というよりも、その写真を撮ったであろう人物の生々しい身体性への眼差しなのである、と。換言すればそれは、誰かがこの写真を撮った、その何者かへの興味(この人はなぜ、どういう気持ちで、どういう意図で、何を伝えるために、何を残すためにこの写真をとっているのかということの尽きることのない想像)ということになるだろう。しかしそれはルシェが、自分自身をひとつの素材にしながら作為的に“制作”した架空の人物なのである。この写真集はエド・ルシェの作品でありつつ、しかし、鑑賞者が想起する「この写真を撮ったであろう人物」とルシェ自身は必ずしも一致しない。いくつかの写真が集合することで、写真集ができる。そのコンポーズによって生成するのは、実際の制作者とはことなる特徴を備えた別の制作者の存在、鑑賞者のもとに立ち上がるその別の主体性の影だ。

 さらに、「この写真を撮ったであろう人物」の個別具体的な特徴の数々(生活レベルや趣味嗜好、家族関係、価値基準、環境への疎外感...)はこの写真集のなかで非常に高い現実味をもって示されているが、それはもれなく写真の“撮り方”によって、である。ルシェは、いっけん奇妙なことに思えるけれど、たいへんに“高度な技術”にもとづいてレンズと被写体との不適当な距離 / 撮影時刻と光の状態に対する鈍感さの身振り / 対象への真摯な眼差しをあらわす過剰に機能的なトリミング / 描写対象の具体的特徴に対する注意の不在...)、このフィクショナルな「撮影者」の立ち上げを実現している。ウォールの言葉を用いればそれは「幽霊的制作者」の構築であり、「取るに足らないものの印("Marks of Indifference")」を写真に刻み込むことで実現しうるものだ。美的な感触、たとえばそのイメージをみて綺麗だとか懐かしいとか怖いとか憂鬱になるとか感じることは、このばあい慎重にコントロールされなければならないだろう。重要なのは「美しさ」をひたすら追求・競争する態度ではなく、「幽霊的制作者」の具体的な構築にむけて、こうした情動のカテゴリーをうまくチューニングしていくことだ。逆説的に、ある種の美意識なしには済まされない状況がここでは生まれている。

描写の重荷を引きずっている写真は、純粋なーーすなわち言葉によるーーコンセプチュアリズムをその最前面まで追ってゆくことはできなかった。写真は経験の否定の経験を差し出すことはできず、描写の経験、〈画像〉の経験を差し出し続けなければならない。写真が引き起こした根本的なショックとは、可視的な世界が経験される仕方に、かつてないほどの近さで経験されるような描写を、それが与えたことであるかもしれない。それゆえ写真は、経験がどのようなものかを示すことによって、その被写体を示す。その意味で、写真は「経験の経験」を与えるものであり、このことを描写の意義として定義づけるのである。

Ibid., p.141

それは「アマチュア写真」あるいは「バナールなもの」をたんに記号として模倣・再生産する態度とはかけ離れたものだ。この点を見誤ってはならない。「私」をベースに仮構された「幽霊的制作者」を鑑賞する側に生々しく立ち上げるため、「取るに足らないものの印("Marks of Indifference")」をレイアウトしていくこと。その技術の実践として、ぼくらはルシェに注目しなければならない。ここでは、「これは写真である」ということよりもむしろ、「これは写真的である」という質が重要になってくるだろう(「それはかつてあった」ことではなく、「それはかつてあったっぽい感じがする」という質をもったイメージが制作しうるということ)。というと、ウォール自身の制作物にも滑らかに接続していくような問題意識がここで提出されていることがわかる。

 

 ルシェの"Los Angeles Apartments" (1965) の翌年、"Complexity and Contradiction in Architecture" (Robert Venturi, 1966; 2nd edition, 1977) が出版されている。建築というジャンルにおいて、ルシェと最も近い実践をおこなっていた人がヴェンチューリだとぼくは考えている(時期も場所もかぶっている、ということもあるけれど)*1。個人的には、このふたりはいつか一緒に語ってみたいなと考えているのだけど、その際の語り口として重要なことはそこで実践されている「技術」の諸相についてきちんと言及していくことだろうと思われる。

今日、バナリティ擁護のための手管はバリエーションを増やし、洗練を加え続けた結果、使いつくされている。聡明な大辻が注意深く言い添えたように、それらは「様式化」されるのだ。だが逆に、非凡な写真の凡庸な擁護など、昔日の間違い逸話でしかないのであってみれば、そこへ退却する余地もない。非凡かどうかは措くにせよ、写真は技術の扱いが帰趨を決する芸術であり、当の芸術を産出する主体の編成がその都度問い糺される。バナリティへの過剰な評価はかかる審問の負担を軽減することで、よく当の事業をないがしろにするのである。

倉石信乃: 写真のバナリティ, カメラのみぞ知る, タリオンギャラリー, 2015

きわめて高い“技術”が要求される制作行為としてバナールな写真を撮るということに向き合うのだ。そこでは“技術”の内実を再定義することが常に求められるだろう。上記の倉石さんの指摘は、建築においてもまったく成り立つ批判であるように思われる(たとえばラワン合板あらわし的なバナリティの「様式化」はどうだろうか、とか)。ヴェンチューリの作品の再検討についても、もうすこし形態論的な文脈というか、パラレルに性能が上げられた構成要素を非常にユニークなかたちで統合している建物の実例として扱ってみたい、と思う。

 

-

*1:ちなみに、『ラスベガス』執筆以前に、ロバート(ボブ)のゼミの学生とデニスがルシェの元を訪れている(ボブはインフルエンザで出席できなかったとのこと)。

https://bit.ly/2GguKbc

この出会いがどれほど彼らに影響を与えたのかは今はまだわからないけれど、興味深い出来事だなと思う。しらべてみると、2004年にルシェとヴェンチューリ+スコット・ブラウンを比較する展覧会がカナダで開催されていたみたいだ。

Learning from… Ruscha and Venturi Scott Brown, 1962–1977

APR.14,2019_スター欄

  はてなスターを非表示にしてみることにした。今までつけてくれてきた方には本当に申し訳ないのだけど、最近ちょくちょく(新興宗教とか怪しいビジネスのかほりのする)いかがわしい系の人にスターをつけられてしまうことがあって、それにとても抵抗があったので、一旦非表示にしてみることにした。ぼくは作品ページもブログで作ってるので、そこにいかがわしさを投げ込まれると非常に困るのだった。こちらからはこれからも読んだブログのスターはつけさせてもらうので、よろしくお願いします。

  そういえばtwitterでも、性的な画像をアップロードしたりしている違法すれすれのアカウントから突然「いいね」をされることが問題になっているみたいだ。ぼくはそういうアカウントからはまだふぁぼられたことないけれど(怪しいビジネスの人からはあった)、されたら相当凹む気がする。noteもよくわからない自称コンサルおじさんみたいな人たちがけっこういて、(おそらく読んでいない)そういう人に書いた記事が「スキ」をされると、けっこう落ち込んでしまう。悲しくなる。基本的には事後的なブロックしかこういう類の輩を防ぐ手段はないようで、つまるところ基本的に第一手は防ぎようがないということみたい。これは結構こわいことだなと思う。特定のワードをつぶやかないようにするとかで対策はできるみたいだけど、それも不自由なことだよね。

  なんとなくだけど、スター欄を外したとたんページの読み込みが速くなった気がする。これだけでもけっこう大きなメリットだなと思う。でもやっぱりさみしいかな。

-

f:id:o_tkhr:20190414185445j:image

f:id:o_tkhr:20190414185449j:image

Contax S2, Carl Zeiss Planar T* 1.7/50, Fujicolor Pro400H

 

APR.12.2019_やわらかいからだ

 助教の先生と話していて思いつきでしゃべっていたことのメモ。何かを批評したり、論じたりしたりするとき(とりわけ建築について論じるとき)、あらかじめ安定的に統一された「私」を措定することも、あるいは逆に「私」を完全に排除して(したことにして)外部からの物差しを対象に当てはめるような態度も、両方ともぼくは違和感がある、みたいだ。なにか対象を論じるときに、完全なる安全圏から眺めるということは不可能で、対象を観察している限り、私という存在は必ず対象にも影響を及ぼしている(だから私の身体が対象に及ぼす影響をまったく思考の勘定に入れずに対象を論じることは欺瞞だ)。とはいえ、素朴に一人称的に対象を語ることも許されない、と思う。じゃあどういう方法が考えられるのかというと、まずは、あらかじめ安定して統合された「私」なるものをときほぐした状態で物事を観察することなのだと思う。足、腕、指、目、耳、肌、内蔵...、といった、私を構成している各部分を、自律したオブジェクト群としてひとまず仮止めしておくこと(もちろんこういう区分も便宜的なものなわけだけど)。その状態で世界と向き合うこと。つまり、私の身体を構成する各部分が世界と接触して取得する情報を、まずはありのままに(統合しないまま)書き出してみることだ。たとえば、足が靴下ごしに感じるフローリングの反発、目がみているものの色、耳がきいている空間のおおきさ、肌が感じている流れ、内臓が訴えてくる澱んだ気配、指先がいつのまにか作っていたカタチ、を、ひとまずそのまま書き出してみる。そして、そうしたバラバラな感触の束みたいなものが、あーでもないこーでもないとディスカッションし合えるような場を用意してあげるということが(ぼくにとってはとりわけ建築経験を)批評するということなのだと思う。おおげさに表現すればそういうことになる気がする。

 身体を構成する各部分は、おのおのにユニークな仕方で世界と接触している。ぼくらは自らの身体の各部分をばらばらに投げ出し、それらを素材にして、自分を取り巻く環境を理解している、と思う。ぼくがいっていることは「見聞きした経験だけで環境を分析すること」をどこまでも徹底する、みたいな、とても単純なことなのかもしれない。みて、きいたことを素材にして物事を考えるということを過激に遂行すること。そのためにはまず、なによりもまず柔軟なからだが必要だ。その先に、身体の各部分はてんでばらばらな文法で語りだし、各々勝手に参考文献を引用をしはじめて、独自の物差し(スケール)で対象を測りだすかもしれない。でもそれでいい、まずは書き出すことだ。それは人間が普段、無意識のうちに環境と向き合って生きている状態を、少しだけ高い解像度で描き出すことだから。その作業は、とても専門的な知性が必要な行為だとぼくは考えているし、なによりそれは、建築を「精確に組み立てる」ことに直結する問題であると思われる。

-

f:id:o_tkhr:20190412234316j:plain

f:id:o_tkhr:20190412234334j:plain

f:id:o_tkhr:20190412234339j:plain

Contax S2, Carl Zeiss Planar T* 1.7/50, Kodak Ektachrome E100

APR.11,2019_せんだいメディアテーク

 元号が変わるということでなんとなく考えていたのだけど、平成を代表する日本の建築はなんだったのか、という問いに対しては、たぶん多くの人が「せんだいメディアテーク」(伊東豊雄)の名を上げるのではないか。

 せんだいが面白いのは、評価のしかたが(あるいは批判の方向性が)人によってバラバラであることだと思う。たとえばあのガラスのファサードの物質感の強烈さに違和感を覚える人もいれば、前面のケヤキ通りが映り込む姿を肯定的に捉える人もいるし、チューブ内のエレベーターシャフトを上下するときの、薄いスラブが目の前を通り過ぎていく光景を新鮮に捉える人もいれば、チューブの空間的な「活用」に異議を申し立てる人もいる(ぼくがその立場だが...)。また、コンペ時の模型がもっていたあの軽やかなイメージが現実には全然実現されていないことを指摘されるいっぽうで、現実の厳しい条件との葛藤の末に現在の姿を獲得したことを評価する向きもある。ぼくも、学部一年生の春だろうか、はじめてせんだいを訪れたときに「意外とマッシブだな...」と感じたことを今でも覚えている(だいたい全員が抱くであろうイメージじゃなかろうか)。実際に中に入ってみるとあのチューブの存在感がびっくりするほど薄いことや、全体的にけっこうゴツいということについてぼくは別に悪い印象をもっていないというか、むしろあのゴツさに建築としてのリアリティを感じている。説得力をもつある凡庸な質を良い意味で獲得してると思う。とはいえ、簡単に納得もできない自分もいる。

f:id:o_tkhr:20190412013854g:plain

(出典: https://bit.ly/2ItbYjI

 

f:id:o_tkhr:20190412013337j:plain

(出典:  https://bit.ly/2UQ5Ecz 

 

f:id:o_tkhr:20190412014000j:plain

(出典: https://www.smt.jp/en/

 

 たとえば、チューブだけで構造が成立させること(鋼鈑ハニカムスラブに柱状の鋼管トラスユニットがねじれながら複数貫通しているという形式)を徹底させる、ということにこだわらなければ(変なところでポスト柱が落ちてきたりすることを許容すれば)チューブの鋼管の断面をもっと小さくすることもできただろうし、そうすれば伊東さんの初期スケッチやコンペ時の白模型がもっていた構造体のイメージが(内部空間を体験する人間に与える影響を最大化した状態で)実現していたような気がする。また、チューブは縦動線や設備配管・配線スペースとしてすごく役に立っていますよ!みたいな野暮なことはせずに、チューブ外にエレベーターや階段やPSが出てくることを許容してでも、チューブの内部を純粋な空洞にしておくべきだったのでは、とも思う(ポシェでありながらスカスカである、という)。もしあのチューブの内部が完全な空洞になっていれば、つまり見ることはできるけど決して内部にはアクセスできない純粋なヴォイドとして実現されていれば、なんというか、本当に柱が分裂して膨れ上がって薄い鉄板スラブを貫いているような感触を得られたような気がしている。個人的には本当に長年あのチューブの中には入れなかったほうがよかったと思っていて、すごく残念に思っているところだ。

 現実への対応の仕方として、チューブを構成するスチールパイプの断面を大きくしたり内部を配管や動線スペースとして活用したりしてでもあのチューブの構造システムが自律しているということを突き通す態度が、まず考えられるだろう(これは伊東さんと佐々木さんが実際にとった方法だ)。逆に、チューブ以外の構造材を付加してでも何をしてでも、チューブの軽さとその内部の純粋性を保ち、最後までチューブがもたらす空間的な効果を貫き通す、という方法も考えられる。構造力学的にはもちろん前者のほうが純粋であり、この方法をとればチューブの構造システム“だけ”で構成された、コンペ当初に考案された形式で構造的に完結した建築物が立ち上がることになる。一方で後者は、チューブ以外の構造材が出てきたり、あるいはチューブ外のエレベータコアが効いてきたりして、構造的にはまったく不純な(チューブだけで構造が完結していない中途半端な)建物が立ち上がることになる。が、空間的な効果としては、現行のせんだいメディアテークよりも純粋な何かがそこに成立していたかもしれない、とも思う。形式の完結性を優先するのか、あるいは、形式が破けていくことを許容してでも、構造体のもたらす「効果」を優先するのか。両者の徹底は、いつでも「相入れる」というわけではない。

 どちらが正解というわけではないし、どちらが純粋でどちらが不純なのかということもぼくには言えない。けれど、ぼくはせんだいメディアテークのことを思い出すたびに、こういったことをすごく考えさせれる。みなが口をそろえて同じ言葉で褒め立てる作品なんてものは、実は大したことはないのかもしれない。ある建築作品がある時代を代表する条件というのは、せんだいメディアテークのように評価や批判の方法がばらばらで、でもだからこそ建築を考えていくための思考の素材を提供し、次なる設計の土台となっていくこと、なんじゃないかと思ったりする。

-

f:id:o_tkhr:20190411234620j:plain

f:id:o_tkhr:20190411234548j:plain

f:id:o_tkhr:20190411234733j:plain

f:id:o_tkhr:20190411234750j:plain

Contax S2, Carl Zeiss Planar T* 1.7/50, Kodak Ektachrome E100

APR,6.2019_桜

 あと数日で締め切りの翻訳作業がなかなか進まない。ぼくの英語能力の問題だと思うのだけど、翻訳作業は一回スイッチが入るとスムーズなのだが、進まないときはとことん進まない。こういうときなんて表現するのが“自然”なんだろう、という部分の感覚が、やはり海外で生活した経験などがないのでわからなくなってくる。生まれてこのかた留学というものに惹かれたことがないのだけど、とはいえこういうときには海外経験の必要性を感じる。

 桜が咲いている。樹木にこんなに大量に花が咲くっていうのは(そしてすべての桜で咲くタイミングが同期するというのは)、よくよく考えると現象として非常に奇妙な(興味深い)ものだなと思う。鳥がついばんでいる枝から、ぽろぽろと数枚の花が散ってくるくらいの時期が、一番きれいだなと思う。

-

f:id:o_tkhr:20190406195913j:plain

f:id:o_tkhr:20190406195947j:plain

f:id:o_tkhr:20190406200009j:plain

f:id:o_tkhr:20190406200016j:plain

f:id:o_tkhr:20190406200144j:plain

Contax S2, Carl Zeiss Planar T* 1.7/50, Kodak Gold 200

APR.5,2019_E100

 今年の初春はまじで例年にない寒さだったが、ようやく暖かくなってきたように感じる。朝起きたら窓を開けて部屋の換気をするのだけど、それも苦じゃなくなってきた。最近は午前中は自宅で作業して、そのまま昼飯をとって、午後から外へ出て作業する(研究室だったり駅前の喫茶店だったり)ことが多いのだけど、午前中作業をしている最中はずっと窓を開けながらキーボードを叩いている。家のとなりは気象大学校の敷地なので、それはもうこの時期になると、鳥の鳴き声で賑やかである。今日もそう。窓から外をみると、桜の花びらも風に乗って舞ってきている。キレイなのだけど、プランターに積もった桜の花びらを取り除くのはけっこうめんどくさいので、すこし複雑な気持ちになる。

 復活した「Ektachrome E100」使ってみた。コントラストがはっきりしていて高精細で、青みがかった影の色がキレイだし、おもってもみなかったようなイメージが撮れる、気がする。難しいけど面白いフィルムだと思う。ただ問題は値段で、使っていても頭の中では「1枚現像と合わせて〇〇円……缶コーヒー1本分(まじか?!)……」というざわめきがぬぐえず、シャッターを押すのにすごく躊躇してしまった(結局E100二本分消費するのに1ヶ月半くらいかかっている)。これを撮り終わったいまは普通にネガを使っているのだが、やっぱり気楽に撮れて気持ちが凄く楽だ。精神衛生的に健全なのはネガだな、と思う。どちらが良いというわけでもないのだけど、この心情の違いで、撮る写真の性質も変わってくる気もする。 

-

f:id:o_tkhr:20190405132037j:plain

f:id:o_tkhr:20190405132042j:plain

f:id:o_tkhr:20190405132059j:plain

Contax S2, Carl Zeiss Planar T* 1.7/50, Kodak Ektachrome E100

MAR.26,2019_ 無題

 今週で3月が終わるということが信じられない。展示が終わって生活が少し落ち着いてきてぼやっとしていたらもう4月、来週は身体測定だ。昨年は身体測定の結果を受け、ジムに通ってシュッとした体型になるということを誓ったはずなのだが、結局行かなかった。ジムというと、なんかゴリゴリな男たちがゴリゴリな活動をしている空間というイメージがあるので(失礼)なんだか足が進まなかった、のだけど、今年こそは、今年こそは体験入学(?)にいくんだ、、。

 ところで『三田文学 2019年冬季号』に掲載されている鈴木一平さんの論考「詩と実在と感覚――言語表現におけるオブジェクトの制作過程」がむちゃくちゃスゴくって、個人的にかなり多くのヒントをもらうことができた。そう、日曜日に若い建築分野の方々が主催するイベントに(知人がプレゼンするのを聞きに)参加したときも実感したのだけど、ぼくの同年代前後の方々には優秀な方々が本当に人が多い、ような気がする(年齢が近いからその活動や思想に共感しやすいだけなのかもしれないけれど)。同年代の面白いことやってる方々とお話したり、作品を見たりテキストを読んだりすると、自分がいかにボヤッと生きているか突きつけられる感じでちょっと落ち込んだりもするのだけど、とはいえやっぱり刺激や励みになる。

 しかし、今年でぼくは博論をまとめられるのだろうか、と、すごく不安になってきているここ数ヶ月である。やるっきゃないのだが。

-

f:id:o_tkhr:20190327001655j:plain

f:id:o_tkhr:20190327001748j:plain

f:id:o_tkhr:20190327001810j:plain

Contax S2, Carl Zeiss Planar T* 1.7/50, KODAK Portra 800

MAR.19,2019_展覧会撤収

 昨日は展覧会の撤収の日で、無事に何事もなく完了し安心した。会場が空っぽになるの、すごく不思議な感覚だった。空っぽの空間のなかに、うっすらぼんやり自分が配置したオブジェクトが見えている感じ。設計段階でこの感覚が発現していてなおかつ他人と共有可能なら最強なのに、と思う。VRとか使えば近いところまでいけるのかもしれない。

 今回の会場設計に関して、信頼している何人かのひとたちからいくつもの真摯なコメントをもらい、とても勇気づけられた。どんなにささいなことでも、気づいてくれるひとは気づいてくれるし、逆をいえば、そういう人がいる限り仕事に手は抜けないなと思った。

 加えて将来のことで(今回のことが結構後押しになったのだけど)、もし学位が取得できてもそのまま大学に残るのではなく一度設計事務所に務めてみよう、と思っている(拾ってくれるところがあれば、だけど)。大学で職を得たくて博士課程にいるわけではないのでアカデミックポストにはまったく興味がないのだが、しかし教育にはすごく興味があるのでいずれは戻ってはきたい、とか頭の片隅では思うものの、しかし既存の教育制度を迎合するような態度は取りたくない、とも思う。絶賛引き裂かれ中。

 大学の建築教育への疑問は今年の修士設計の講評会ですごく意識させられたことで、そのことについては書き溜めている下書き記事があるのだが、公開しようかは迷い中だ。お蔵入りかな、と正直思っていたのだが、後輩に読ませろいわれたので近いうちに公開するかもしれない(そんなにたいしたことは書いていない)

-

f:id:o_tkhr:20190319171805j:plain

f:id:o_tkhr:20190319171739j:plain

f:id:o_tkhr:20190319171743j:plain

Contax S2, Carl Zeiss Planar T* 1.7/50, KODAK Portra 800