声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨建築と写真を中心に、音楽、映画、美術、人文学などについて書いている備忘録です。

170614_写真についてのノート③ それは=かつて=あった

写真についてのノート③

 

●『明るい部屋』のつづき。後半戦は「前言撤回」によって始まる。

《かくして私は写真から写真へと遍歴を重ね、なるほど自分の欲望がどのように働くのかを知ったが、しかし私は「写真」というものの本性(エイドス)を発見したわけではなかった。(……)私は自分自身のなかにさらに深く降りていって、「写真」の明証を見出さなければならなかった。その明証とは、写真を眺める者ならば誰にでも見てとれるものであり、しかも彼の目から見て、写真を他のあらゆる映像から区別するものである。私はこれまで述べてきたことを取り消さなければならなかった。》(ロラン・バルト『明るい部屋』, p.72)

バルトが前半部で展開した、「ストゥディウム」と「プンクトゥム」による写真の分析は、バルト自身の写真の読み取り方、言い換えれば、バルト自身の写真の“面白がり方”の構造をよく説明はしているけれど、それは個人的な、特殊解ともいえるもので、写真の一般的な特性とはいえない。誰の目からみても明らかな、しかも写真固有の特性とは何なのか。その明証に向かって後半戦は、死別した母の写真を軸に展開していく。

●バルトの母の写真をめぐる語り口は愛にあふれまくっていて、現象学的なテクストというよりは、私小説的というか、ロマネスク的というか、壮大な愛の叙事詩という感じ。

《かくして私は、母を失ったばかりのアパルトマンで、ただ一人、灯火のもとで、母の写真を一枚一枚眺めながら、母とともに少しずつ時間を遡り、私が愛してきた母の顔の真実を探し求め続けた。そしてついに発見した。》(同書, pp.81-82)

残された母の写真を“遡って”いって、バルトは母の最も幼い姿を写した写真、つまり一番最後の写真である「温室の写真」に、母の真の姿を発見する。「温室の写真」が、何か特段魔術的な存在であったわけではない。幼い母の姿を発見したことで、その先の過去、すなわち「今」と同じように母が存在していなかった時間が、かつて確定的に実在していたということに、バルトは気づいたのだ。「生」の前も、「死」の後も、等価に「無」であるということを、写真はその記録生ゆえに気づかせてくれる。

また、加えてここでは、「現在から過去に遡った」ことも重要だったんじゃないかとおもう。つまり、母の残した写真を順々に見ていって、最後の「温室の写真」を見たときに、それまでに見た写真の総体が「母のイメージ」として交わり、立ち上がったんじゃないか。群像としての写真がつくる、断片的なイメージの束が、ひとつのリアルなイメージを脳内で現象させる。森山大道の写真集を読んだとき、なんだかよくわからないが「新宿という巨大なイメージ」みたいなものを想像した感覚を思い出す。

●母の喪の悲しみを語り、母への愛を語り、「温室の写真」の特別さを語ったバルトは、いよいよ写真の本質へと迫っていく。

《絵画や言説における模倣とちがって、「写真」の場合は、事物がかつてそこにあったということを決して否定できない。(……)私がある一枚の写真を通して志向するもの、それは「芸術」でも「コミュニケーション」でもなく、「指向作用*」であって、これが「写真」の基礎となる秩序なのである。 それゆえ、「写真」のノエマ** の名は、つぎのようなものとなろう。すなわち、〈それは=かつて=あった〉》(同書, pp.94-95)

*  : 「指向作用」と訳されているこの部分は、原文を確認したところ「la Referencia」となっていた。ラテン語由来の単語なので何か特別な意図があるのかもしれないけど、普通に「参照点」とかくらいで理解したほうがわかりやすい気がする。

** : ノエマフッサール現象学由来の概念。意識には「志向性」があり、意識はつねに「何モノかに関する意識」である。そのときの「意識されている何か」あるいは「考えられたもの」、といった意識や知覚の対象面がノエマの意味するところである。写真のノエマは、いつだって、「それはかつてあった」ことを中心に向けられている。

●写真の本質としての、「それは=かつて=あった」。あたり前といえばあたり前なのだけど、写真がある種の感動や狂気、憐れみなどといった魔術的な力をもつとき、それは往々にして、「かつてそこにあった」ことが基底となる。また、写真を、芸術でもコミュニケーションでもなく「レファレンス=参照点」と表現しているところも、とても面白いと思う。語ったり、イメージしたりするためのレファレンスとしての、写真。

《「写真」が私におよぼす効果は、(時間や距離によって)消滅したものを復元することではなく、私が現に見ているものが確実に存在したということを保証してくれる点にある。(……)私は、あらゆる写真の位置を定める座標系となるのであって、写真はまさにこの点で私を驚かせ、私に根源的な問いかけをおこなわせる。いったいなぜ、私はいま、ここに生きているのか?と。》(同書, pp.102-104)

《「写真」の本質は、そこに写っているものの存在を批准する点にあるのだ。(……)確信と忘却のないまざったこの状態は、私に一種の目まいを引き起こし、いわば推理小説的な不安を与えた。(……)この確信を、書かれたものはどれ一つとして、私に与えることができない。》(同書, pp.105-106)

《写真はすべて存在証明書である。》(同書, p.107)

「それはかつてあった」こと。「存在証明書」であること。それによってもたらされるのは、一種の「めまい」のような感覚である。バルトが「めまい」や「狂気」、「魔術的」と表現する感覚は、過去が現前することによる、複数の時間軸が輻輳することに起因している。被写体が映された瞬間の時間、「いま・ここ」、かつて被写体がいだいていた未来へのまなざし(それはレトロな未来、と言い換えてもいい)、被写体が映された瞬間以前の時間、など…。被写体の未来は確定しておらず、さらに場合によっては既に世界に存在していない可能性もあるので、事態はさらに複雑になる。バルトが、現在の写真のプロトタイプである「暗い部屋」(カメラ・オブスクラ)ではなく、「明るい部屋」(カメラ・ルシダ:19世紀初頭に開発されたスケッチの補助装置で、片目で装置を覗くとプリズムを通した物体の姿を見ることができ、もう片方の目で見ている手もとの紙に重ねあわせることができた)を題にもってきたのは、まさしくこの複数の空間・時間が重ね合わせられた状態をイメージしていたからだろうと思う。

《「写真」とはコードのない映像であるとかつて主張したとき、私はすでに現実主義者(レアリスト)の一人であったし、またいまもそうであるが、現実主義者(レアリスト)は決して写真を現実の〈コピー〉と見なしているわけではないーー“過去の現実”から発出したものと見なしているのだ。「写真」は一つの魔術であって、技術(芸術)ではない。》(同書, pp.108-9)

様々な時間軸の発生と、その混合。それがひとつの、写真による「めまい」の構造である。さらに、

《映画の世界は、現実の世界と同じく、つぎのような予測によって支えられている。すなわち、〈経験の流れはたえず同じ構成様式に従って過ぎ去っていくだろう〉ということ。ところが「写真」は、その〈構成様式〉を断ち切ってしまう(「写真」の驚きはここから来る)。「写真」には、“未来がない”のだ(「写真」の悲壮さやメランコリーはここから来る)。》(同書, p.110) 

時間をせき止め、世界を不動化させ、経験を一時停止させること。現実の経験の流れがもつ〈構成様式〉を、写真は非-意味的に切断する。また、写真の非-意味的切断とその明白さは、「あったかもしれない別様の未来」の仄めかしともなりうる、と考えることもできるだろう。

《「写真」は暴力的である。それが暴力行為を写して見せるからではない。撮影の度に、強引に画面を満たすからであり、そのなかでは何ものも身を拒むことができず、姿を変えることができないからである。(ときとして「写真」は心地よいと言われることがあるが、このことはその暴力性と矛盾しない。多くの人が砂糖は心地よいと言う。しかし私はと言えば、砂糖は暴力的であると思う)。》(同書, p.113)  

後半の議論をここでまとめよう。

写真において唯一確かなことは、「それは=かつて=あった」ことであり、それは過去と現在を非-意味的に切断し、様々な時間的パースペクティブを発生させる。(フィルムの有限性を前提としたときには)「それは=かつて=あった」ことは議論の余地なく確定的、断定的であり、ゆえに、思いがけず写り込んだ細部のオブジェクトが「実在を保証されつつもそれが何か断定できない」、という写真特有の現象を生み出す。これは前回のノートでの議論したように、ストゥディウムとプンクトゥムの往還による、写真における魅惑のモデルに結びついていく。 

●バルトの「明るい部屋」を紹介することで、写真特有の性質や、その本質は何かという議論についてまとめてみた。前半は「プンクトゥム」、後半は「それは=かつて=あった」が本書の主題となっていたので、その辺を中心にまとめてみたのだけど、当然今回紹介できなかった興味深い記述が他にも当然たくさんあるので、未読の人はぜひ、写真の専門書という感じでもないので気軽に読んでみてほしいと思う。何かしらの創作をやっている人にとっては、様々なヒントが断片的にちりばめられているので、おもしろいとおもう。それらは断片的なままで、統合されていないからこそ、創造的な誤読を誘い込むのだろう。

本書後半の、「それは=かつて=あった」こと、つまり「記録性」が写真のもつ本質であるという指摘自体はあたりまえのことなんだけれども、それを徹底させたときに、写真の「狂気」がはじめて出現するのだ、という指摘はとても納得できるところだ。ぼくは『植物図鑑』以降の中平卓馬の仕事は本当にすごいと思うのだけど、それはやはり「記録」に徹し、一種の狂気へと到達しているからだと思う。

とはいえ、写真芸術は既にポストモダンに突入していて、「それは=かつて=あった」ことが本質とは必ずしもいえないような状況にある。ぼくは写真家じゃないし、ファインアートをやっているわけではないので、特段ポストモダンの状況を意識する必要はもちろんないのだけど、今この状況でなぜフィルムカメラで写真を撮るのかということに関しては、折り合いをつける必要があるだろう。直感的に、天邪鬼的に、、というよりも、多分ぼくは、なんらかの仕方でモダニズムに回帰したがっているのだと思う。すくなくとも建築の設計に関してはそうだ。でもそれは、単なる回帰ではなく、奇妙で歪んだ仕方での回帰だ。端的に言えばぼくは、モダニズムオルタナティブを想像してみたいと思っているのだ。いちど、「近代」というものが発明されたころに戻って、自分自身の、まったく私的な、個人的な運動としてモダニズムを「やり直し」てみたい、と。もしかしたらそんな欲求が、フィルムカメラを使うという行為の背後にあるのかもしれない。

古い写真をみて、そこにうつるかつての自分と目があい、彼/彼女が夢見ていた「未来」、すなわち「あったかもしれない今とは別様の未来」へと、思いをはせること。

多分写真でも、建築でも、無意識のうちでそういうことをやりたがっているんだろう。歴史を、意図的にトレースすること。同時に、そのとき意図せず発生する「ずれ」に対して、真摯に向き合うこと。「プンクトゥム-ストディウム」モデルを彫琢することで得た「相互包摂する図と地」というモデルは、写真にしろ、建築にしろ、近代的なモデルを見直していく上で重要な補助線になる気がしている。