声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨建築と写真を中心に、音楽、映画、美術、人文学などについて書いている備忘録です。

AUG11.2018_イタリアで買った本

  昨日、無事にイタリアから帰国することができた。今回は行きも帰りもアリタリア航空、ミラノまでの直行便だったので、長いトランジットもなく、とても快適だった。機内食もおいしかった。この値段で直行便のれるんだ、、、?ってくらい航空費は割安だったのだけど、(恥かしながらぼくは知らなかったのだが)どうやらアリタリアは経営破綻中だったようで、その影響があったのかもしれない。

  フィルムの現像も、帰りの足でもっていった。最初の4本はすぐ現像が終わるところへ、それ以外は少し時間がかかるところに持っていったのだけど、後者の仕上がりはなんと今月の28日ということだった。お盆休みを挟むからみたいなんだけど、さすがに時間がかかるなーと驚いてしまった。ブログにアップするのは、まだまだ先のことになりそうだ。各建築をみた所感を忘れないように、今のうちにメモをとっておかないと。


  前回のパリでもそうだったのだけど、今回も書籍をついつい何冊か買ってしまった。キャリーバッグに全然余裕がなかったので控えようと思っていたのだけど、日本では購入できない(できたとしても異常に高値になってしまっている)本を発見してしまったので、つい、、。書籍購入の口火を切ってしまったのは、ミラノ・トリエンナーレの書店でみつけた、ジョルジュ・グラッシによるハインリッヒ・テッセナウ研究本だった。これを見つけたときはかなり興奮して、気がついたらレジにもっていってしまっていた。ただでさえ日本では情報がなかなか得づらいテッセナウについて、グラッシが考察している書籍というのは、分かる人には分かるが、かなりやばい本なのだ(助教の片桐さんに報告したら、同じくすぐさま購入していた)。

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  テッセナウは、個人的にはものすごく重要だと思っている、がしかしあまり日本での研究は進められていない建築家。いうなれば、現在のモダニズムがこうなる前の、こうではなかった可能性のひとつをみせてくれるひとりなのだ。本書はテッセナウの"Hausbau und dergleíchen" というテキストをグラッシが伊訳したもので、グラッシによる序文が掲載されているとともに、図版が豊富なのもうれしい(日本でドローイング等の図版を集めようとすると、東大の「磯崎文庫」にいかなければない、というくらい情報が限られている)。イタリア語はてんでダメだけれど、それでもドイツ語よりはましだ。テッセナウに興味のあるイタリア語ができる方がいたら、是非一緒に読書会をしたい、、、。


  あとは、スペイン人建築家のIñaki Ábalosの"The good life"、Valerio Olgiati+Markus Breitschmidの"Non-Referential Architecture"をゲット。どちらも読みたかったので嬉しい。それと、ヴェネチアビエンナーレの書店スペースにSan Roccoのバックナンバーが取り揃えてあったので、そのうち何冊かも購入(電子書籍じゃなくて、やっぱり紙の本がいいよね、という)。

  と、これらを読み始める前に、今読んでいる本(「眼がスクリーンになるとき」)を進めないといけない。ぼくは読む速度はもともとかなり遅い方なのだけど(早く読まなければいけないとき以外は)、面白い本は特に遅くなってしまう。一行ごとにアイデアが浮かんで、勝手に思索にふけっちゃって進まない、という状態。本書は本当に、なかなかページを進ませてくれない。面白い本特有の「抵抗」が各ページにある感じで、とても刺激的な内容(まだ序盤だけれど)。自分の研究にも、かなり接続できる議論がされている気がする。