声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨建築と写真を中心に、音楽、映画、美術、人文学などについて書いている備忘録です。

SEPT.25,2018_捨て子養育院

イタリアで撮った写真②

デル・フォオーレをちらちら観察しながら、ブルネレスキの初期の代表作である捨て子養育院(Ospedale degli Innocenti)へと向かう。大聖堂からは多分歩いて10〜15分くらいのものだったのだけど、あまりに暑かったので、その倍くらいの距離に感じた。途中でかき氷を食べて生きながらえた。

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この建物は広場に面していて、広場に面している正面は階段付きのロッジアになっている。ブルネレスキのだいたいの建物がそうなのだけど、彼の建物は強い正面性をもたないことが特徴だ(正面にすべてをかけたアルベルティとは対照的)。この建物はフラクタル的な構成をもっていて、内部にはふたつの中庭があるのだけど、そこでもロッジアが反復されている。 この柱の華奢さ(鉄柱なの?ってくらい)が見事。このなぞの黒い水平材は効いているのかしら、、。構造形式が謎だ。

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昨日書いたサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラとほぼ同時期に設計が進められたのがこの建築であり、ブルネレスキの初期代表作ということになる。本建築の設計にブルネレスキが選出されたのは、彼がクーポラ造成のコンペ等々での実績がすでに認められていたからなのだけど、同時に、当時のフィレンツェは戦費の負債をかかえていたため捨て子養育院の建設費の大半はブルネレスキが所属する絹織物業組合に依存していた、という背景もあった。いずれにせよ、完成および運営開始時期はデル・フィオーレよりも捨て子養育院のほうが早かったわけで、事実上ルネサンスはこの建物から始まるといっていい。

当時のフィレンツェでは、真夜中の路上に捨て子が絶えなかったという。当時のフィレンツェの政治家でヒューマニスト(人文主義者)であったレオナルド・ブルーニにより提案されたこの建築物の設計は、上記の理由からできる限り安く、そしてできる限り機能的になされる必要があった。

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建物の中庭。ここがすごくいい。軽い、あまりも軽い、、と思った(SANAA建築よりも軽い、と本気で思うくらい)。平面図で位置関係を確認してみよう。Aが広場、B、Cが中庭であり、上の一番目の写真が広場Aから養育院を写したもので、二番目の写真が中庭B、三番目の写真が中庭Cを写したものだ。いずれもロッジア(列柱の半外部)に面しており、その内部と外部の界面において、中庭側と広場側にはヒエラルキーがなく、一貫した形式を用いて設計されていることがわかる。同時に平面図からわかるのは、徹底して正方形が用いられていることだ。すみからすみまで、正方形が隣接したり重なり合いながら連続することで、建物が構成されている。

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正方形がみられるのは平面図だけではない。広場側のファサードのロッジアの柱スパンは5.37m、そして柱頭までの柱の高さは5.35m。ほぼ正方形をつくっている。いっぽう中庭に面するロッジアの柱もまた、3.5mの正方形をひとつのスパンとして設計されている。これは平面図を構成する柱間のモジュールが5.37mおよび3.5mのスケールで設計されていることに由来している。すなわち、基本的にこの建物は3.5m角及び5.37m角の抽象的な立方体で構成されていることになる。さきほど、都市に対する対応と建築内部の対応にヒエラルキーがないといったけれど、正確には、そこにはスケールの差異だけがある。都市のスケール=5.37㎥と、建築のスケール=3.5㎥は意識的に使い分けられ、極めて透明なルールとして建築全体を一貫してつらぬく*1。平面と立断面で、形態決定のルールを厳密に一致させること(それもモジュールとプロポーションの両面で、だ)。上記でちらっと触れた構成要素の尺度の設定(柱の絶妙な細さ)も相まって、これがこの建物の異常ともいえるような空間体験に結実している。 

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その異常さというのは、一言でいえばブルネレスキの建築全般にみられる「空間のなさ」である。養育院でいえば、正方形及び立方体の道具的な使用こそが、この建築特有の”軽さ”あるいは“透明性”を形成する要因である、とぼくは思った。ポイントは、ここみられる正方形には、柱や壁の厚みといった物理量がまったく勘定に入れられていないことだ*2。ブルネレスキが用いる幾何の特徴は、この徹底したヴァーチャルさ、厚みの脱略にあって、それによって純粋な虚空、純粋な補助線、純粋なリズムだけがそこに現象することになる。正方形をみるとき、私たちは柱の太さを把握することができない。正方形を図とするとき、物理的な実体は地として後退するのだ。この建築の構成要素はすべて、“ヴァーチャルな正方形を現象させるために存在している”、と言いたくなるくらいだ。

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そんなこと、柱の間が正方形かどうかなんて、普通の人は考えていないよ、、と思うかもしれない。たしかにその通りなのだけど、しかし人間の知覚能力をなめてはいけない。おそらくあなたは「正方形だなあ」なんてことを意識しなくとも(だれもそんなことは意識するわけない)、なんとなくのムード、雰囲気として、構成要素間の秩序が醸し出すイメージを無意識のうちに感じ取るはずだ。ここでの建築的な操作はそのすべてが、日常経験における無意識に差し向けられている。というか基本的に建築家がコントロールするのはこうした、意識されざる状態での情動みたいなものだ。建築はいつだって生活を下支えする地でなくてはならない。意識されてはいけないのだ。

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さらにいえば、「正方形である」ということがことさら重要なのでもない(当時のヒューマニストにとっては重要だったのかもしれないけれど)。正方形というのはいわば柱や壁、梁、ペディメント、窓、目地や装飾等々の間の「関係性のひとつのルール」であり、それが “一貫している” ということがポイントになるのだ。正方形=エレメント同士の関係性の一定の形式性、の、徹底したドライブ。モチーフとして、道具として、それを変形させながら、組み合わせながら全体を構成すること。その結果として、あるモチーフが生む知覚経験の無意識的な情動性みたいなものが連続し、建物のすみからすみまでを満たすのだ。それが建物の透明性を生み、ひとつの一貫したムードをつくる。

と同時に下の写真のように、ロッジアに日が差し込むとき、ヴァーチャルな正方形は地面に射影されることになる。ブルネレスキの遠近法の探求、すなわち射影的な現象の幾何学的性質の研究が、その後の射影幾何学の発展に連なっていることを思い出そう。虚の純粋幾何学が、時間的な変化を伴いながら伸び縮みし、養育院にとってもっとも重要なエレメントであった井戸ーーそれは病院である本建築の清浄さを保ち、コミュニケーションの中心となる場所だーーを囲む中庭の豊かな空間性を作るのだ。

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昨日からの繰り返しになってしまうけれど、これまで述べてきたブルネレスキの正方形の使用方法は、アルベルティ以降のヒューマズムの建築家たちとは対照的である。まずはじめに与えられる枠組みとしての幾何学なのか、スタディの過程で道具的に用いられ、多様にずれながら次々と変遷していく幾何学なのか。前者の代表例はヒューマニズム建築が理想とした集中式教会であり、そこでは当然、円形や正多角形といった純粋幾何図形が外形として直接に現れることになる。いっぽう後者のブルネレスキ的な幾何学=道具の体制においては、事態は異なってくる。下の模型写真を見てもらえばわかるのだけど、幾何学の道具的な用法をドライブさせていった場合、その外形は決して単純でスタティックなものにはなりえず、発散し、分散する複雑な全体をもつことになる(それは無論、捨て子養育院に求められた機能性を十全に保証するところから要請される複雑さだ)。しかし実際の日常生活を構成する断片的なひとつひとつの知覚経験は、ヴァーチャルな正方形に基礎付けられた秩序と、それに伴う一貫したひとつのムードをもっていた(加えて正方形のモジュールというのは、建設をより容易で低予算なものにするという与条件にも対応している)。

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Model photo by https://goo.gl/w7RFuf

 

複雑な全体と部分の透明性のあいだで、ぼくらは引き裂かれるのだ。  f:id:o_tkhr:20180926171507j:plain

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Filippo Brunelleschi: Ospedale degli Innocenti (Hospital of the Innocents), 1419–ca.1445, Florence, Italy
(Canon AE-1 Program, FD F1.4 50mm, 記録用フィルム100)

*1:ちなみに平面図をみると、5.37mの3スパンと3.5mの5スパンが近似され、連続していることがわかる

*2:ブルネレスキの建築で円や正方形が現れるとき、柱梁構造においては必ず柱“間”の補助線が問題となり、一方で壁構造の場合は壁の“内法”が問題となる。この幾何図形を位置づける際の態度の変化こそが、ブルネレスキ独特の物質性の捨象をあらわしているように思う。