声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨建築と写真を中心に、音楽、映画、美術、人文学などについて書いている備忘録です。

NOV.2,2018_ジュニアーニ・フリジェーリオ集合住宅

イタリアで撮った写真⑪

 

 テラーニの写真は今日で最後。(イタリア編の終わりがようやく見えてきたぞ、、たぶん後4回くらいでおわるぞ、、)

 

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 「ジュニアーニ・フリジェーリオ集合住宅」(1939-40)はテラーニ最晩年の仕事だ。最晩年と言っても彼が36歳くらいのときの作品だから、まだまだい若んだけどね。外観は下のような感じ。なんてことない感じで建っていて、それが良い。小規模だし、なにしろ大通りに面する建物正面(南側立面、下の写真の右側)が街路樹が高く育ち過ぎていて全く見えないのだ。南からの強い日差しや大通りの騒音を和らげるフィルターとしての街路樹。

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 よくよくみていくと、普通じゃない部分が徐々に見えてくる。まず特徴的なのはこの、フレームが外付けされている西側立面。前回の「サンテリア幼稚園」で、テラーニ建築の特徴はストラクチャーと壁の分離にあると書いたけれど、数年後の「ジュニアーニ・フリジェーリオ集合住宅」では設えでさえアウトリガーされている、と。ぼくはこれ、いまだになんのためにあるのか明確には分かっていないのだけど、緑化されたり、あるいは何か日よけみたいなものを引っ掛ける機能とかがあるのだろうか。フレームが飛び出しているのはこの西側立面だけだから、西日避けという線はけっこう可能性高いかな。

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△ 西側立面

「サンテリア幼稚園」のオーニングのアウトリガーと、意識としては一緒だろうなと思う。

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△ Attilio Terragni et al.: The Terragni Atlas, Skira, p.89., 2005

 

 東西南北の各立面がそれぞれまったく違うということも特徴的だ。バラバラにほどけそうだけど、あるゆるいまとまりをつくってなんとかボリュームになっているこの感じは、テラーニ建築のこの後の可能性が示されているなと思う。残念なことに彼が早逝したことによってその可能性は閉ざされてしまったが、ぼくは「あったかもしれない戦後のテラーニ建築」を妄想し続けている。イタリア国外に立てていたらどうなっていたか、とかね。彼がもし戦後を生きていたら、間違いなく現在の建築史の枠組みはまったく異なるものとなっていただろうな。

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△ 北側立面

ちなみにこの北側(コモ湖側)の立面は先日紹介した「 Casa Predaglio」(下)にそっくりだ(テラーニ建築のおさらいみたいになっている)

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△ Giuseppe Terragni: Casa Predaglio, 1934-35, Como, Italy

 両者が違うのは、「ジュニアーニ・フリジェーリオ集合住宅」では細かな大理石が外壁にびっしりとしきつめられていることだ。これはテラーニがデビュー当時からずっと続けている表面の言語で、「ノヴォコムン集合住宅」(1927-29)でもそうだった(2つ下の写真)。彼は多分、予算があったらすべてのプロジェクトでこの大理石仕上げをやりたかったんじゃないかな。いまやると絶望するくらいの高コストになってしまいそうだけど。

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ちなみにこの建築は「ジュニアーニ・フリジェーリオ集合住宅」は「ノヴォコムン集合住宅」のすぐそばにあって、2ブロック先くらい。建築のデビュー作と最晩年の仕事がすぐ側にあるというのも、なんとも奇妙な運命を感じてしまう。下が「ノヴォコムン集合住宅」の外壁。デビュー作から続けている大理石ビッシリ。ここまでやる?ってところまでしっかり貼ってあって、間近で見るとかなりびっくりする。こんなことをやる近代の建築家は、はっきりいってテラーニ以外にいません。

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△ Giuseppe Terragni: Edificio ad appartamenti Novocomun a Como, 1927-29, Como, Italy

 

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△ 東側立面

 

 エントランス(南側)のロッジアはペイヴメントがとてもよかった。石張りなんだけど非常に艶があって、プールにいるみたいな感じ。大理石がびっしりと貼られ、どちらかというと「毛羽立った」ようなテクスチャーを持っている垂直材と、床の滑らかさの対比には、彼の素材に対する美意識を感じるところだ。壁がマットで床が光沢ってバランスはよく用いている気がする。この建築、天井高はかなり抑えられていて日常的なスケールに収まっているのだけど、ロッジアではこの素材のバランスもあって、垂直方向への空間の拡がりを感じた。

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△ Giuseppe Terragni: Casa d'affitto Giuliani Frigerio a Como, 1939-40, Como, Italy

 

 

 最後に紹介する「アンザーニ通りの労働者住宅」(1938-43)は「サンテリア幼稚園」から300mも離れていない場所にたつ集合住宅だ。テラーニの仕事のなかでも超マイナーな部類の建築物で、あまりにも情報がなくて驚く。竣工が1943年となっているのだけど、何月かまではわからない。テラーニが第2次世界大戦の従軍から失意のなか帰国するのがこの1943年であり、亡くなるのが同年7月だから、竣工を見ていない可能も高いのかな。アルベルト・サルトリスとの共作となっているけれど、サルトリスがプロジェクトの初期から関わっていたのか、あるいはテラーニ従軍中に現場の管理を引き継いでいただけなのか、ということも不明。引き続き情報を集めていきたいと思う。ともあれ竣工年だけをみれば、この建築が彼の本当に最後の作品であることは間違いない(設計は1938年だから、「ジュニアーニ・フリジェーリオ集合住宅」よりも前だけど)

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 あいかわらずそっけない建ち方だ。内部が黄色に塗られた(同じ色は「ノヴォコムン」のスラブの裏にも塗られていた)ロッジアが全面化し、前面道路と向かい合う。イタリアがもっともお金がない時期に建てられたということ、そして労働者のためのアパートということもあって、どれだけ低予算で建設できるか、ということが主題だったのだろうと想像する。構成としては、この細長いボリュームが2棟並んでいて、真ん中に充実した中庭が設けられているというものだ。ロッジアは中庭側にも設けられていて、ここが非常に快適そうだった。中庭は非常に公開性の高い公園のような場所となっているが、同時に住人のプランターなども置かれていて、不思議な雰囲気をもっている。「セミパブリック」あるいは「コモン」ではなく、パブリックとプライベートが互いに自律しつつ併存している感じ。

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上の写真のトンネルの先が、下の写真。無茶なことは何もしていないのだけど、いいんだよなぁ。一階のロッジアのレベルが少し持ち上げられていること、中庭のサイズ、置かれているもの、ロッジアが互いに面していないこと、、。

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Giuseppe Terragni with Alberto Sartoris: Case popolari di via Anzani (Working class housing in Via Anzani), 1938-1943, Como, Italy

 

コモよさらば。またいつか来るぞ。

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(Canon AE-1 Program, FD F1.4 50mm, 記録用フィルム 100)

 

 

おまけ

ちなみにテラーニは模型写真がめっちゃうまいのだ。これをみてほしい。構図もうまいし、謎の草むらで撮っていたりする感じもグッド。自分の影が写っていたりする感じも、リー・フリードランダーみたいでいいでしょう。彼のセンスの良さ、アンニュイさが伝わるのではないだろうか。ぼくも模型写真、近所の草むらで撮ってみよう、、。

手持ちだから35mmかな。バルナックライカとか使っていたのだろうか。

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