声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨建築と写真を中心に、音楽、映画、美術、人文学などについて書いている備忘録です。

NOV.24,2018_東北で撮った写真

東北で撮った写真①

○ 仙台でおこなわれた日本建築学会大会のあと東北の被災地を車で巡ったので、そのときの記録写真を少しずつアップしていこうと思う。3.11の直後に複数の大学が協同しておこなった、津波によって失われた街を模型化するというプロジェクト*1にぼくの研究室も参加していたそうで(ぼくが学部2年生のころなので個人的には関係していないのだけど)、模型化に先立って先生方は被災直後の状況を車で視察したそうだ。今回の旅行は7年経ったあとの状況を視察するというテーマで、前回と同じルートで各地を車で巡ることとなった。いろいろなことを思いつつ現状の復興状況を見てきたが、なかなかどうして、言葉にするのは難しい。でもシャッターを切ることはできる。そして撮れたものを共有することもできる。これが写真のすごいところだなと思う。そこに何が写っているのかといえば、7年経ってもまだ全然復興は終わってないということだ。単純といえば単純なこと。この「終わってなさ」は、被災地のどこにいっても痛感することだった。

 

○まずは仙台市南東部の名取市へ。下の写真は名取市で撮ったものだ。もともと住宅地だったであろう場所が、いまはなにもない空き地となって放置されている。この写真をみて、ぼくは引き裂かれるような、アンビバレントな想いを抱いてしまう。というのも、「東北の被災地」というエクスキューズがなければ、ぼくはこの写真をみて単に「きれい」と思ってしまうだろうから。曇った空に、水平に広がる作業現場のオレンジネット、雑草。

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「注釈」なしでは、写真のもつ効力は弱いままだ。写真は常に説明を必要としている。しかしその一方で、イメージがそれ単体でもつ自律性もまた認めなければならない(といつも考えている)。ぼくはこの写真をみて、後者のイメージの自律性のもつ“やばさ”を感じるのであった。皮肉なことに、自分が普段撮っている写真(人間が排除されたような風景がなぜか好きなのだけど)を“撮りやすい”ような風景がそこに広がっている。そういう写真を撮ることを止めるわけではないけれど、すくなくともそういった写真について、かなり省察させられることになった。

 

○ 名取市東日本大震災慰霊碑の近くにあったのは、唯一全壊を免れたかまぼこ工場の跡地だ。むき出しの鉄骨や基礎に、津波の衝撃が刻み込まれている。このまま原爆ドームに代表されるような「負の遺産」として残していくのだろうか(教育的に重要だと思うのでぜひそうしてくれればと思うのだけど)。ちなみに現在は完全に鳥たちの住処になっており、室内だった場所には大量のチュンチュン音がこだましていた。

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この日はこのまま北上し、石巻で一泊。魚がめちゃうまでしたぞ。

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(Canon AE-1 Program, FD F1.4 50mm, FUJICOLOR 100)