声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨建築と写真を中心に、音楽、映画、美術、人文学などについて書いている備忘録です。

APR.17,2019_エド・ルシェ

 ジェフ・ウォールの「取るに足らないものの印」(1995)に出てくるエド・ルシェに関する一説はとても魅力的だ。ウォールは「アマチュアリズムの“模倣”」というこのテキストの中心的な主題の、もっとも純粋かつ模範的な作例のひとつとして、ルシェが1963年-70に出版した冊子群を挙げている。これはルシェの最初期の仕事にあたるものだ。たとえば1965年の"Los Angeles Apartments"

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△ Ruscha: Los Angeles Apartments (1965). / Source: https://bit.ly/2KJxF1C

 

ポップアート、還元主義、そして、それらの媒介項としての大衆文化のあいだで交わされる反響と交差の複合体にとって、多くの馴染みの理由により、ロサンゼルスはおそらく最高の環境であった。そして、その生い立ちゆえに、ルシェは「普通のアメリカ人」という社会的人格(ペルソナ)をとりわけ容易に身にまとうことができただろう。たとえば《いくつかのロサンゼルスのアパートメント》(1965)の写真はポップ・アートのブルータリズムを、きわめて実用的でおざなりに作られた写真(それは当該の建物のオーナー、管理人、あるいは住人によって撮影されたものとして示すこともできただろう)における低コントラストの単色性(モノクロマティシズム)と統合する。確かにそのうち一、二枚は芸術写真、さらには建築写真の基準をいくらか理解していることを示唆しているものの、大多数の写真は一般的失敗を厳格に見せびらかすことを面白がっているように見える。レンズと被写体との不適当な関係、撮影時刻と光の状態に対する鈍感さ、周縁の物体が唐突に切除された過剰に機能的なトリミング、描写された瞬間の具体的特徴に対する注意の不在。総体としてこれらは笑いを誘うパフォーマンスとなり、さらには「庶民」が自身と関係のある住居のイメージを作るやり方の、ほとんど悪意を感じさせるような模倣となっている。

ジェフ・ウォール: 取るに足らないものの印 コンセプチュアル・アートにおける/としての写真の諸相, 1995; 写真の理論, 甲斐義明編訳, 月曜社, p.137, 2017

 

 こうした方法をとるルシェは、同時期にリー・フリードランダーが(W. エヴァンズを引き継ぎながら)展開していたような「周囲に築かれた環境に対する疎外感」の演出的な表現をとることもなければ、アジェのように見慣れた風景への「可能的な経験を超えた眺め」を提供するわけでもない。ルシェの写真が劇的な表象の形態をとることは決してなく、それらはあくまで「貧しい表現」に踏みとどまっているように見える。貧しいものをそのままに、その貧しさを失うことなく表現されているこうした写真が「作品」として発表され、「写真集」として出版・販売されているというこの現象自体が面白いのだけど、それ以上に、この写真集が具体的に立ち上げる知覚、つまり素朴にこの写真集を読んだときのその感触自体がとても興味深いとぼくには感じられていた。以下のウォールの指摘は、ぼくがルシェを見ながらぼんやり考えていたことをほぼ完璧に言語化してくれていたので、とても驚いたのだった。

ルシェの本は「写真集」というジャンル、すなわち芸術写真がその中で独立を宣言してきた、ある古典的形式を台無しにする。《26のガソリンスタンド》(1963)は確かに、ロサンゼルスとオクラホマの彼の実家を結ぶルート上にある給油所を描写しているかもしれないが、その芸術的意義は次の事実から引き出される。(...)ガソリンスタンドの写真だけを撮り続けるというのは、愚か者くらいであろうが、そのような写真だけを収めた本が存在するということは、そうした人間が存在することの証明のようなものである。だが、その人間ーー周囲の他人とつながることができない、非社交的で取るに足らない人物ーーは、ひとつの抽象概念であり、構築されることによって、つまり、その人物の手によるものとされる生産物の構造によって、呼び起こされる幽霊である。無感覚的=非美的なものーー芸術的なものの縁または境界ーーは、この幽霊的制作者の構築を通して出現する。「取るに足らないものの印("Marks of Indifference")」とともに、モダニティはそれ自身を「自由な社会」において/として表現するが、幽霊的制作者はその印を可視化するのを避けることができないのである。

Ibid., pp.139-140

f:id:o_tkhr:20190417125848j:plain△ Ruscha: Twentysix Gasoline Stations (1963). / Source: https://bit.ly/2PeQoAT

 

 ウォールによるこの一説は、セクーラやクラウス、バッチェンといった様々な年代の論者によるバラエティに富む写真論が纏められた『写真の理論』(甲斐義明編訳)のなかでも、とびきり重要であるようにぼくには思えた。たとえばルシェの写真集を読んだときによって立ち上がるのは、写真それ自体から受ける情動というよりも、その写真を撮ったであろう人物の生々しい身体性への眼差しなのである、と。換言すればそれは、誰かがこの写真を撮った、その何者かへの興味(この人はなぜ、どういう気持ちで、どういう意図で、何を伝えるために、何を残すためにこの写真をとっているのかということの尽きることのない想像)ということになるだろう。しかしそれはルシェが、自分自身をひとつの素材にしながら作為的に“制作”した架空の人物なのである。この写真集はエド・ルシェの作品でありつつ、しかし、鑑賞者が想起する「この写真を撮ったであろう人物」とルシェ自身は必ずしも一致しない。いくつかの写真が集合することで、写真集ができる。そのコンポーズによって生成するのは、実際の制作者とはことなる特徴を備えた別の制作者の存在、鑑賞者のもとに立ち上がるその別の主体性の影だ。

 さらに、「この写真を撮ったであろう人物」の個別具体的な特徴の数々(生活レベルや趣味嗜好、家族関係、価値基準、環境への疎外感...)はこの写真集のなかで非常に高い現実味をもって示されているが、それはもれなく写真の“撮り方”によって、である。ルシェは、いっけん奇妙なことに思えるけれど、たいへんに“高度な技術”にもとづいてレンズと被写体との不適当な距離 / 撮影時刻と光の状態に対する鈍感さの身振り / 対象への真摯な眼差しをあらわす過剰に機能的なトリミング / 描写対象の具体的特徴に対する注意の不在...)、このフィクショナルな「撮影者」の立ち上げを実現している。ウォールの言葉を用いればそれは「幽霊的制作者」の構築であり、「取るに足らないものの印("Marks of Indifference")」を写真に刻み込むことで実現しうるものだ。美的な感触、たとえばそのイメージをみて綺麗だとか懐かしいとか怖いとか憂鬱になるとか感じることは、このばあい慎重にコントロールされなければならないだろう。重要なのは「美しさ」をひたすら追求・競争する態度ではなく、「幽霊的制作者」の具体的な構築にむけて、こうした情動のカテゴリーをうまくチューニングしていくことだ。逆説的に、ある種の美意識なしには済まされない状況がここでは生まれている。

描写の重荷を引きずっている写真は、純粋なーーすなわち言葉によるーーコンセプチュアリズムをその最前面まで追ってゆくことはできなかった。写真は経験の否定の経験を差し出すことはできず、描写の経験、〈画像〉の経験を差し出し続けなければならない。写真が引き起こした根本的なショックとは、可視的な世界が経験される仕方に、かつてないほどの近さで経験されるような描写を、それが与えたことであるかもしれない。それゆえ写真は、経験がどのようなものかを示すことによって、その被写体を示す。その意味で、写真は「経験の経験」を与えるものであり、このことを描写の意義として定義づけるのである。

Ibid., p.141

それは「アマチュア写真」あるいは「バナールなもの」をたんに記号として模倣・再生産する態度とはかけ離れたものだ。この点を見誤ってはならない。「私」をベースに仮構された「幽霊的制作者」を鑑賞する側に生々しく立ち上げるため、「取るに足らないものの印("Marks of Indifference")」をレイアウトしていくこと。その技術の実践として、ぼくらはルシェに注目しなければならない。ここでは、「これは写真である」ということよりもむしろ、「これは写真的である」という質が重要になってくるだろう(「それはかつてあった」ことではなく、「それはかつてあったっぽい感じがする」という質をもったイメージが制作しうるということ)。というと、ウォール自身の制作物にも滑らかに接続していくような問題意識がここで提出されていることがわかる。

 

 ルシェの"Los Angeles Apartments" (1965) の翌年、"Complexity and Contradiction in Architecture" (Robert Venturi, 1966; 2nd edition, 1977) が出版されている。建築というジャンルにおいて、ルシェと最も近い実践をおこなっていた人がヴェンチューリだとぼくは考えている(時期も場所もかぶっている、ということもあるけれど)*1。個人的には、このふたりはいつか一緒に語ってみたいなと考えているのだけど、その際の語り口として重要なことはそこで実践されている「技術」の諸相についてきちんと言及していくことだろうと思われる。

今日、バナリティ擁護のための手管はバリエーションを増やし、洗練を加え続けた結果、使いつくされている。聡明な大辻が注意深く言い添えたように、それらは「様式化」されるのだ。だが逆に、非凡な写真の凡庸な擁護など、昔日の間違い逸話でしかないのであってみれば、そこへ退却する余地もない。非凡かどうかは措くにせよ、写真は技術の扱いが帰趨を決する芸術であり、当の芸術を産出する主体の編成がその都度問い糺される。バナリティへの過剰な評価はかかる審問の負担を軽減することで、よく当の事業をないがしろにするのである。

倉石信乃: 写真のバナリティ, カメラのみぞ知る, タリオンギャラリー, 2015

きわめて高い“技術”が要求される制作行為としてバナールな写真を撮るということに向き合うのだ。そこでは“技術”の内実を再定義することが常に求められるだろう。上記の倉石さんの指摘は、建築においてもまったく成り立つ批判であるように思われる(たとえばラワン合板あらわし的なバナリティの「様式化」はどうだろうか、とか)。ヴェンチューリの作品の再検討についても、もうすこし形態論的な文脈というか、パラレルに性能が上げられた構成要素を非常にユニークなかたちで統合している建物の実例として扱ってみたい、と思う。

 

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*1:ちなみに、『ラスベガス』執筆以前に、ロバート(ボブ)のゼミの学生とデニスがルシェの元を訪れている(ボブはインフルエンザで出席できなかったとのこと)。

https://bit.ly/2GguKbc

この出会いがどれほど彼らに影響を与えたのかは今はまだわからないけれど、興味深い出来事だなと思う。しらべてみると、2004年にルシェとヴェンチューリ+スコット・ブラウンを比較する展覧会がカナダで開催されていたみたいだ。

Learning from… Ruscha and Venturi Scott Brown, 1962–1977