声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨建築と写真を中心に、音楽、映画、美術、人文学などについて書いている備忘録です。

OCT.22,2019_木村松本の事務所と仕事

関西でとった写真②

 

 芦屋から京都に移動し、関西を拠点に活躍している設計事務所、木村松本の事務所を見学させていただいた。木村松本建築設計事務所は今年から、1924竣工の本野精吾自邸へと事務所を移転している。日本におけるモダニズム建築の先駆的な住宅作品に事務所を構えるということでたいへんに話題になったが、まさか自分が見学できるとは思ってなかったので本当に幸運だ。

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 本野精吾自邸はまず構法がおもしろい。いわゆる「中村式鉄筋コンクリートブロック」というやつで(ぼくが経験した建物だと岩手県の遠野駅とかがそうだったのかなと思う)、そのブロック現し仕上げ。壁式のようなかたちでブロックを積むんだけど、隅部やT字部にだけブロックの中空部に鉄筋を組み、コンクリートを流し込む。つまりぱっと見はぜんぶ普通のブロック壁なんだけど、隅部はブロックを型枠にした部分的な「柱」になっていて、他の部分はホロウな壁として残される。で、残されたブロック壁の中空部はどうするのかというと、本野はここに暖炉の空気を循環させようと試みたらしい(なので壁にはぽこぽこと排気用のちいさな穴があいていた)。この試みは実際には煤が出たりしてうまくいかなかったらしいんだけど、非常におもしろいなと思った。安く、施工も容易なブロックを使い、それを型枠にも使うし、仕上げにも使うし、中空部に空気も循環させる。エレガントな試みだ。現代的な技術で問題点もアップデートできそうだし、いつかチャレンジしてみたいと思わせるものがある。 

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 内部空間、とくに一階や階段は薄暗くて、この暗さがたいへんに豊かだなと思った。自分の感覚が少しずつ鋭くなっていく感じ。雲が動いて、陽の差し込む具合のちょっとした変化も感じ取れる、ような。他方で水回りはかわいい色のタイルが使われていていたり、上階もデスクワークにまったく問題がない明るさになっていたりして、下階のうす暗い部屋とのはっきりとした、でもひとつながりの対比が小さな住宅のなかに畳み込まれていた。なかの構成はいたってシンプルかつコンパクトで、内壁の分節はほぼ排していて、いわゆるワンルーム的なつくり。ゆえに外形もシンプルでモダニスティックなものになっているんだけれど、大きな庇が出ていたり、窓辺の花台が設置されていたりして、日本の湿潤な環境にも対応しようとしている。こういうところ(構築的合理性に基づいた形式・形態を部分的に違反するような工夫)があるからモダニズム黎明期の建物は面白い。建てるための技術が固定化・パターン化されておらず、「ありえたかもしれない近代建築」(ありえたかもしれない建設技術の発展の系譜*1を想像させられる。

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 その後、木村松本設計の「house S / shop B」(2019)へ。奥行きが2-3m、間口が20m弱という非常に特殊な敷地形状を使い切った大変のびやかな建物だった。本と雑貨の販売スペースにちいさな立ち飲み屋がついていて、子供が絵本を読んでいるとなりで大人がビール片手に談笑、という風景が全面の歩道に思いっきりはみ出している。建物の奥行きが狭すぎて、歩道やガードレールがあたかも建物の一部のように使われていて、とても新鮮だった。

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 木村松本のオフィスを見学してたいへんに面白かったのは、スタディ模型がすべて軸組模型だったことだ(こんなの初めてみた)。しかも軸組を単体で考えていないというか、「架構が都市のなかでどう現れるか」ということを徹底的にスタディしている感じだった。平面の構成や仕上げ、開口部の取り付き方に先行して、架構それ自体の都市との関係を思考すること。木村さんは「最低でも100年はもつ架構」を提案するつもりで設計するのだといっていた。木村松本の仕事に感じる、住み方や表面の仕上げがどれほど変更されても揺るがないだろう建築と都市との関係みたいなもの、は、木村さんのこの言葉にも現れていると思ったし、「house S / shop B」を訪れても強く感じたし、スタディ模型においてもはっきりと表明されていたのだった。敷地があって、架構があって、周辺環境がある。この関係がとても強いので、架構に取り付いてくる諸々の素材の処理はどれだけ遊んでもいい、ような感じがあるけれど、逆に言えば、敷地に置かれた架構の事後的な対応をカッチリやってしまうととても形式的で息苦しい建物になってしまうかもしれないという危機もあって、そういう意味でもこの表面の「遊び」(という表現が正しいかわからないけれど)は大切な役割をもっているんだなと、実際に訪れてみて感じたのだった。

 表面は自由に、機能的に、周辺環境や内部の要請にあわせて、架構のうえで踊っている。ガルバリウム小波のグレー塗装にしろ、ポリカーボネイトにしろ、竹にしろ、張り付いてくる素材はなんであれかまわない。むしろ経済的で安く入手しやすいほどよい。使われ方が変わっても問題ない。そもそもプログラム的な要請で決定された形式でもないからだ。100年後、表面がすべて引き剥がされ、別の素材が別のコンポジションでもって漂着し、花屋として使われたとしても、この建物のキャラクターは簡単には揺らがないだろう。強い形式が、未来に向けて建物の変形可能性を用意し、それをいかようにも許し、誘う。これは乾さんの作品集の書評で書いたことでもあるのだけど*2、こうした形式をつくるための材料はおそらく、人間であってはならないのだと思う。かつてのヒューマニストが拠り所とした人の「理性」ではなく、非人間的で冷血非道な与条件(例えば敷地形状であり、重力であり、気候であり、あるいは法規や予算、素材の流通経路かもしれない)から産み落とされた形式がもつある種の人間への無関心さ(indifference)、が、こうした建物には備わっている。ぼくが今一番(というか卒制からずっとかもしれない)興味のある空間の質がそれだ。多少大げさなことを言えば、これは現代建築のひとつの突破口だと思っている。

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PENTAX 67, SMC TAKUMAR 6×7 105mm/F2.4, FUJI PRO400H

*1:ちなみにぼくはこの問題を「ザク・ヅダ問題」と呼んでいる。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%85%E3%83%80

*2:

10plus1.jp