声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨建築と写真を中心に、音楽、映画、美術、人文学などについて書いている備忘録です。

NOV.22,2019_コモンシティ星田

関西でとった写真⑧

 

 このところバタバタしていて全然ブログを更新できていない。というか、振り返ってみると毎年11月〜12月くらいは更新が滞っていることがわかる。なんでだろう。バイオリズム? 関西で撮った写真もそろそろ終わりにしたいね。あと数回かな。

 今日の写真はたぶん10月11日に撮ったもので(そんな前なのか、へこむ……)、「コモンシティ星田」(坂本一成, 1992)の写真。ずっと見学してみたかったのだけど、ようやく行けた。大阪の交野市(枚方市のとなり)なので行くのはちょっと面倒なんだけど、大阪芸大にいって妹島さんをみるかコモンシティ星田かで悩み、結局こっちに来た。駅からゆるやかな上り坂を歩いていくと、銀ピカの住居が集まった集落のような風景がみえてくる。

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 ぱっとみるとどの住居もだいたい全部同じなんだけど、よくみると、目がなれてくると、すべてが「少しずつ違う」ことがわかってくる。建物を設計する側からすると情報量の多さにクラクラしてきて、少しだけ酔ってくる。面白いのは、敷地のなかをぐるぐる歩いているとだんだんと単体の建物の境界がわからなくなってくるというか、ゲシュタルト崩壊してくるような感覚があり、最終的には家の集合というより半ヴォールトの屋根や塀、塗装されたRC壁、スレート小波、車、植物などといった部分的なエレメントの集合として、この住宅地が見えてきたことだった。個々の家がすべて同じだったり、あるいは逆にすべて違っていては、こうはならない。ほとんど同じ素材を用いつつも、それらを少しづつ異なる仕方で組み立てているから、この全体主義的でない一体感みたいなものが得られているんだと思う。集落的な一体感が人工的に作られている感じというか、なるほどこういうことかと、坂本さんが卒業設計で斜面集落の設計をやってらっしゃったなとかも思い出して、いろいろ納得するところがあった。

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 コモンシティ星田は斜面の下部が北を向いている(いわゆる北斜面というやつ)。普通に設計すると日射不足になるから、半ヴォールトの屋根が南側にむかってぱっくり空いていて、住居内部に光を取り入れる形態をとっている。だから必然的に、ヴォールトの低い部分が斜面の下部に向き、ヴォールトの高い部分が斜面の上部に向いてくるわけだけど、これによって斜面を見上げても見下げても建物のサイズがあんまり変わらないという特異な状況が起こっている。あんまり変わらないというのは言いすぎかな。斜面を見上げると各住居は平地よりも「やや大きい」くらい(2階建て+半階くらい)に見え、斜面を見下ろすと各住居は「やや小さい」くらい(平屋+半階くらい)に見える。このスケール感がおもしろい。

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 しかし、これだけすべての家が似ていると「ここが私の家だ」という感覚はゆらいでしまうだろう。ぼくが育ったような古い家なら否が応でもそういう気分は得られるだろうし、たとえば高層マンションであれば、たとえ自分の家と同じような間取りに他の様々な家族が住んでいたとしても、そうした他者の存在は日常生活のなかでほとんど意識することがないし、ヴォリュームがもつある象徴性みたいなものがあるので、マンションをみて「これが私の家だ」と感じることはできると思う。おんなじような設計の住宅(外壁のサイディングの素材や窓の位置がちょっと違うくらいの差しかないような)が大量に立ち並ぶ分譲住宅地でも、けっきょく他人の家なんてものは普通そんなに意識することはないから、マイホーム感というのは難なく得られるのだと思う。塀が敷地境界線を物質化することで、家はぼくらは所有物になる。斜面地であれば、造成によってだろう

 しかしコモンシティ星田は違う。まずゆるい斜面になっているから、いろいろなものが一望できちゃう。ひな壇造成していないことが決定的その感覚に拍車をかけていて、敷地境界がものすごく曖昧。加えてすべてがだいたい同じ素材と建築言語で構成されていて、この時期の坂本さんがもっていた断片的な建築造形(House FやProject KOなど)も相まって、家の集合というよりパーツの集合に見えてくる。安定した「私の家」は、ここでは霧散してしまうように思えてならない。

 それがいいことはわるいことかはわからない。多分誰にもそれは判断できない。この感じをよろこんで受け入れる人もいるだろうし、やはり断固として「ここが私の家だ!」という感覚を取り戻そうとする人もいるだろう。後者のひとは多分、壁の色を抜りかえたり、植栽で家の周囲を彩ったり、窓辺に様々なモノを配置したりして、自分の家のオリジナリティみたいなものをなんとか構築しようと試みるだろう。実際にコモンシティ星田では後者のような、我が家の固有性を取り戻そうとしている家庭がけっこうあったように僕には思えた。それは、家の自生的な改変みたいなものを助長して、住宅地の生き生きとした風景みたいなものに、逆説的にだけど、結びついているように思えた。

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坂本一成: コモンシティ星田, 1992, 大阪

(PENTAX 67, SMC TAKUMAR 6×7 105mm/F2.4, FUJI PRO400H)