声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨Takahiro Ohmura

DEC.10,2019_一号棟の再改修

 同期の堀越一希が自主施工したリノベ物件(坪単価15万!!)を見に、千葉県富里市へ。見学会というか、飲み会も兼ねて……という感じで。成田駅から車で15分くらい?だったかな。詳細は堀越のHPで確認してみてください。

www.kazukihorikoshi.com

 内装だけではなく、屋根の張替えや胴縁・下地面材を含めた気密・断熱関係の補修、設備関係の施工など、ほぼすべて堀越がやったらしい(解体も含めて2ヶ月くらいと言ってた気がする)。廉価な素材を──その“廉価さ”をことほぐような仕方ではなく──徹底して丁寧に扱っていくこと。特別なことをやるのではなく、とにかく丁寧にきめ細やかな手付きで工作された(計画でも施工でもなく、工作という言葉がふさわしい気がする)空間で、堀越らしい仕事だなと思う(といっても、真鍮の金物をわざわざ大阪まで買い付けに行ったりもしてるらしいのだけれど)。ラワン合板が限界まで表面を研磨されて高級楽器のような質感になっていたり、丁寧に天井に割り付けられたポリカ板が既存の躯体の微妙な歪みを浮かび上がらせて、その奥に敷かれたアルミ遮熱シートと協働して光を乱反射させていたり。とにかく徹底して丁寧に素材を扱い、可能性を引き出し、その物性が酷使されている。

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 この物件は予算もないので特別なことは何もやってないといっていたけれど、室の中央の2本の柱はかなり特殊だ。もともと105mm柱だったものをノミとカンナで“削りだして”、50mm柱にしている。「普通そんなことする?!」というけっこうヤバイ部分なんだけど、既存の躯体を構造計算した結果この2本の柱が構造的に余分な寸法ということがわかったんで削り出した、と(ブレースは座屈止めということ)。たしかにこの中央の2本の柱が105mmだったら空間の印象はだいぶ違っただろう。もっとも身体に近くて、肌の接触が頻繁に起こるこの柱が手でつかめてしまうくらい細い寸法になっていることが、この小さな内部空間を実際の寸法以上に広く感じさせる大きな要因になっている。

 既存の躯体を削り出していく、「彫刻」していく、というアイデアはかなり新しいのではないかと思った。鉄骨でもRC造でもできないような改修の方法だろう。とはいえ普通に大工さんに頼んでもやってくれないだろうから(すげー怒られそう)、自主施工していること、プラス堀越自身が宮大工の家系で確かな建設技術をもっていること、ならではのアイデアだなと思う。この柱、よくみると削り出しているということもあり、まっすぐではないんだな。既存もふにゃふにゃの躯体で、梁もまっすぐではない。そのまっすぐではないということは、しばらく内部に身を置いているとだんだん、すこしずつわかってくる。素材自体の扱いや、素材同士が衝突する箇所(すなわちディテール)の扱いはは非常に丁寧でパキッと綺麗に仕上げられているんだけど、身を包む躯体自体はふにゃふにゃで、このバランスが面白い。非常に有機的。

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 木造の躯体を「削り出す」ということはどういうことなのだろうか。それはけっきょくのところ、既存がもっている「木割」というシステムに改めて介入するということだ。それも、柱を間引いたり新たに付け足したり、ということではなく、寸法やプロポーションの微妙な変更で、だ。「新しい」というのはこの部分においてである。柱の寸法・柱間の寸法・プロポーション・末端の部材の扱いまでを包括的に統御する「木割」というシステムは、木という素材だけで建築物を構成するための技術体系であり、先人から受け継がれた宝物(秘技?)のようなものだと思う。それはあらかじめ用意された美学のようなもので全体から部分を構成するものではなく、「木材」という物質の特性(その堅さ、しなり、収縮具合、可塑性、重さ、手触り、光沢など)から事後的に導かれた寸法・比率体型、および組み立ての理論だ。

 『一号棟の再改修』でおこなわれているのは、そうした物性をベースに組み立てられたシステムへの介入だ。ここではラワン合板を異常な丁寧さで扱うのと同じような仕方で木割というシステムと向かい合っており、そのアップデート・書き換えがなされる。構造計算という極めて近代的な知恵を投入することで判明した、既存の躯体の構造的な余分さ。これはある意味では木割の不徹底である。木材という素材を酷使しきれていない。木割という、ぼくらが当たり前の制度として受け入れ、文字通りの「法」となっているそのシステムは、まだまだ更新可能な余地を残している。だからこそ、105mmという寸法は50mmまで圧縮されなければならない。結果として生まれたほんのわずかな寸法やプロポーションのずれが、この小さな空間に実際の寸法異常の広がりを与え、身体と建築の親しみやすい接触の契機を用意してくれる。一号棟のとなりには二号棟と三号棟があって、いずれも今回の一号棟とほとんど同じかたちをした築45年の木造貸家なのだけど、こいつらもいずれ改修する予定とのこと。むしろこっちが本番らしいので、楽しみにしておくことにしよう。

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△堀越一樹: 一号棟の再改修, 富里市, 千葉県, 2019

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