声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨Takahiro Ohmura

JAN.25,2020_坂田一男

 4月から勤めさせてもらうかもしれない会社の面接のあと、坂田一男展をステーションギャラリーで見た。かなりズッシリくるすごい展示だった。

 坂田は1889年生まれで、1920年から32年まで渡仏してレジェに師事している。坂田が帰国したのは、1931に満州事変があって、1933年には日本が国連を脱退、同じく1933年にはヒトラー内閣が成立、1937年には日中戦争が始まる、と、ファシズムと世界大戦に向かって世界がドンドン前進してる時代。建築でいえば「インターナショナル・スタイル展」がMOMAで開催されるのが1932年だから、雑にいえばこの時期がモダニズム建築のひとつの絶頂期といってもいいと思うんだけど、翌年の1933年にはバウハウスが閉校しちゃう。1933年というのはだから大きな節目で、この時点でいわゆる「モダニズム」というものは一度敗北している。日本でも1910年代には後藤慶二のような人がいて、1920年代には分離派建築会が成立していたのに、1930年代には帝冠様式が確立してしまう。当時の若い建築家からすれば恐ろしくアナクロな技術的後退として感じられたことだと思う。とはいえこれによって、国家を統制するある専制的な造形のスタイルが全面化し、ナショナリズムという目に見えぬ現象は視覚化され、焦点が与えられたわけだ。そんななかアルヴァ・アアルトを筆頭に、一度敗北した「モダニズム」というプログラムを引き継ぎつつ、それを土着的な文化と止揚しようとする若い人たちが現れる。たとえば、坂倉準三による1937年のパリ万博日本館(こうして簡単に時世を振り返ってみると、坂倉の日本館がこの時期に成立したことがいかに奇跡的なことだったかがわかる)は、帝冠様式とは別の仕方での土着性への回帰、といえるだろう。現在の東京国立博物館本館のコンペが1930年にあって、周知の通り渡辺仁が帝冠様式をひっさげて勝ち取るわけだけど、このコンペには前川國男がバリバリの近代建築案を落選覚悟で提出し負けていて、坂倉はこういう時代の流れを批判的に引き受けてたんだろうなーと、ぼくには思える。

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△坂倉準三: パリ万国博覧会日本館, 1937

 美術でいえば独立美術協会の創立が1930年でいわゆる戦争絵画が全盛期のなか、坂田一男のような人もいた、と。ぼくの拙い歴史観では当時のプロパガンダ芸術とスターリン様式や帝冠様式はなんとなくリンクしているのだけど、同時にそれに対抗する坂倉や坂田の活動もまたかなり同時代的なものだったんだろうなと、本展を見て認識した。同じように渡仏してレジェ/コルビュジエに師事していたということもあって。でも単に境遇が似ているだけではなく、坂倉が国際様式と地域主義の両方を引き継いだように、坂田もその両者を引き受けているのだ。ただし、ちょっと洗練されすぎているように思える30代の坂倉準三とは対照的に、坂田の作品はかなり直接的、暴力的、受動的に両者を結びつける。どういうことかというと、キュビズムやピュリズムといったモダニズムの最たる形式を習得して帰国した坂田の作品は、洪水によるアトリエの水害というかたちで、自然災害によって浸食されてしまうのである。暴力的に、なすすべなく、まったき受動性のうちで出会った“モダニズム”と“地域”。

 とはいえ、普通の作品ならば侵食を受ければ絵画の構造は崩れて、作品性は壊れてしまう。しかし坂田の作品はむしろ洪水による侵食を受けても壊れない、どころか、その作品性が強化されてしまうようなところがあって、これが本当におどろくべきことだと思った。偶然できあがってしまったような形や色、事故や事件、災害、そういったものをハナから包摂している構造が作品にあったからこそ、“地域”の巻き込みは可能になる。複数の「中身の詰まった事物」(“別の空間”が充満した複数のオブジェクト)の画面への布置を愚直に検討し続けていた坂田の作品だったからこそ、水害の侵食さえも、その構造の一部(“別の空間”のひとつ、あるいは、埋め込まれていた空間の破裂)として取り込むことができた、と。

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△坂田一男: 構成, 1946

 それにしても岡崎さんの手がけるものは、展覧会にしても、作品にしてもテキストにしても、徹底して「配置」だなと思う。あるパースペクティヴ(仮説)のもとで、通約不可能な複数の事物、空間をレイアウトすること。資料体(corpus)の開示。今回の展示の場合、そうした岡崎さんの態度が坂田の作品自体の構造(坂田の経験した風景や災害、人との出会いといった人生そのもの)ともリンクしていて、内容と形式がフラクタルという感じで、その辺も含めてとっても面白い展示だった。