声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨Takahiro Ohmura

JUNE.12,2020

 もう柏に住んでいる理由がほぼないので、最近は時間があれば不動産のサイトばっかりみているのだけれど、なかなか決め手がなくて難しい。一階の角部屋で塀と建物の間にL字型のけっこう幅の広いスペースがある物件とか、高さ制限のセットバックで同じくL字型のめちゃ広いベランダがある物件とか、キッチンのタイルがすごいかわいい物件とか、よさげなところはいくつかあったのだけど。シェアハウスというものを経験したことがないので一度くらいいいんじゃないかとも思うのだけど、こっちに関してはいまいちどうやって物件をさがせばいいのかもわからない。むずい。

 引っ越しのために賃貸物件をいろいろみていると、平面にはほとんどバリエーションがないということにあらためて驚いてしまう。決め手はあくまで賃料、立地、周辺施設、駅からの距離、築年数であり、建物の空間的な質が問われることはほとんどない。当たり前のなのだけど、ああ楽しくないなと思う。いや、ぼくのようなお金のない人が住むような物件は、ということなのかなあ。

 平面の徹底的な規格化・類型化の背景にあるのは、建設に関わるコストを下げるということ、この一点のみだ。賃料を抑えつつオーナーの利益を最大化しようと思えば、構造体をできるかぎり規格化された寸法(木造であれば910mm)で成立させ、できれば部材はプリファブリケーションしたものを用いながら、そこにインストールされる設えや水回りの設備も完全に規格化されたものを使用する、ということになるだろう。それに土地の狭さという要因も絡んでくると、もう平面的には選択の余地はほとんどないように思える。いや、本来はそんなことはないはずなのだけど、いったん形式というものが成立してしまうと、建築物のような裾野の広い業種の場合は建設に関わるあらゆるパーツの規格化が絡んでくるので、それをずらしていくということはなかなか難しい。

 パターン化した平面は、生活習慣や物品のレイアウトに強烈に介入する。自分の住んでいる環境を相対化することはとても難しいことなので、しばしば引っ越したときにはじめて気づくことだったりもするのだけど、ドアの位置や部屋の微妙なプロポーションの違いでさえ、なにか決定的な変化を生活にもたらす。

 つまり、金銭的な貧しさは平面的な貧しさに直結するということか。ううむ。それには抗いたいとはおもうのだけど、ひとりで住むという方法をとっている限りはなかなか難しい。とはいえ、イコールでシェアハウスが正解というわけでもない。選択肢は増えるかも知れないけれど、パターン化されたシェアの形式(ミニマムな専有部+キッチン等がある共用部、みたいな)を選択するしかないのならば、けっきょくは今の状況の延命治療でしかない気がする。土地の狭さを解決すること(郊外に住むことを考えなおす)とか、規格品を別の仕方で使うとか(規格を用いつつもその位置をずらす)、住み手に建設を委託するとか(従来とは異なる仕方で建設コストを下げる)とか、色々と方法はありそうなのだけど、いざ自分が住む際にそういう賃貸物件が市場にあるかといえば、ほとんどないんだなあこれが。

 柏に住んでいる理由はほぼないとはいったものの、歯医者と美容院はこまる。歯医者に関しては今やっている歯の治療がおわるまでは通わなくてはだし、美容院はあまり無理に変えたくないなと思う。研究室にいくついでにたまに柏にくるのも、それはそれでいいか。

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