声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨Takahiro Ohmura

JUNE.20,2020_チャーリー・パーカーという謎

 最近あらためてチャーリー・パーカーを聴いてるんだけど、やっぱりこの人の演奏変だ……ヤベえ……となっている(何をいまさら!って感じだけど)。きっかけはジャズの歴史の流れが自分の歴史観のベースになっている、みたいなことを友人に話したことだった。なんでもいいのだけど、自分が本気でディグったジャンルがあれば、そこでの歴史的なアレコレは他ジャンルでも通じることがある、という話。というか、他ジャンルでの出来事を自分がよく知るジャンルの出来事に置き換えて実感することができる、という感じだろうか。例えばある革新的な表現方法があって、それが発展し、次第に形骸化していって、最終的にはそれを破壊するような反動的な運動が起こる、みたいなことって、いろんな分野で繰り返されていると思う。その「形骸化の乗り越え」の具体的な方法はジャンルごとに違ったりするので、それが面白いところだったりするのだけど。それこそ、ヴェルフリンの『美術史の基礎概念』(1915)なんてまさにこの現象をひたすら分析した本だもんね、と。

 というわけで、ビバップ=モダン・ジャズがどこからやってきたのか、という問題は、自分にとっては非常に面白い歴史的な問題だったりするのだ。ブルースがあって、ルイ・アームストロングがいて、スウィングがあって、ビバップが登場する、という進歩史観的な歴史観では、バップという形式が唐突に登場した理由はぜんぜんうまく説明できない。ブルースにも、ラグタイムにも、ルイ・アームストロングにも、スウィングにも似ていない複雑な即興演奏の枠組みの起こりについて考えていくと、どうしても、チャーリー・パーカーという個人がもつ謎めいた部分に行き当たってしまう。これはずうっと、ここ10年くらい頭のなかでふにゃふにゃと考えていたことだけれど、一度文章に起こしてまとめておこうかなと思う。なにしろそれは、自分にとって一番身近な「近代の起こり」だから。

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 まず、バップは特定の、閉じられた、とてもせまいコミュニティ(とりわけガレスピーとチャーリー・パーカー周辺の)での競争的なやりとりからこそ生まれた音楽の形式であり、開かれたオープンな感じの場ではこんな形式の音楽は生まれなかったんじゃないかな、と思う。今現在まで引き継がれている少人数での即興演奏の核心みたいなものは、小さなコミュニティのなかの、閉じられた空間でおこなわれた(であろう)、彼らのきわめて個人的な音楽的応酬に凝縮している。それこそ根底にあるのはパーカーという個人が抱えていたリズムに対する独特の感覚や和音の解釈、あるいは思いつきや衝動みたいなものだったと思われる。

 ジャズをやったことある人ならわかると思うのだけど、「ジャズっぽい演奏」みたいなものの習得においてチャーリー・パーカーのコピーは不可欠だ。冗談みたいに聞こえるけれどこれはけっこうマジで、常識的でさえある。バップ以降のジャズのかなり特異な点がここにあると思う。ジャズ・プレイヤーは、いったんチャーリー・パーカーという個人に「なる」ことが強いられる。身体をまるごとコピーする感覚。パーカーのあのリズム、あのグルーヴ、あのアーティキュレーションなしに、ジャズ的な演奏をおこなうことはたいへんに難しい。というか不可能に近い。何かメソッドがあるわけではない。ひたすらにパーカーの演奏を聞いて、真似なければいけない。

 そもそもモダン・ジャズというジャンルが、パーカーの吹く謎フレーズをあらゆる楽器の演者が各々の仕方で(ギターやピアノやバイオリンやトランペットといった別の楽器にチューニングを合わせつつ)真似ることで開拓されてきた、ということだろう。そうはいっても、まるで洗礼のようにある個人の演奏をどの楽器のプレイヤーもコピーしなくてはならない音楽の枠組みというのはかなり、変!

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 言い方を変えると、モダン・ジャズというのはチャーリー・パーカーという個人の身体が、国の違いも、人種の違いも、楽器の違いをも超えて再生産され続ける音楽ジャンルだとさえ言える。不思議なことだけれど、ほんとうにそうなのだからしょうがない。これに関しては当時チャーリー・パーカーがどんな音楽を好んで聴いていたのか、ということがポイントになる気がする。彼の生まれもった感覚というより、彼の音楽的な参照源にその秘密があるのではないか、とぼくは睨んでいる。

 例えば「Sing, Sing, Sing」(1936)なんかを聴けばあからさまに、パーカーの音楽性と1930年代のスウィングとのあいだになにか根本的な、音楽的飛躍があることがわかる。スウィングからバップのような形式の音楽が(それがたとえスウィングへの反動的な運動だったとしても)ごく自然な流れで誕生するとは、とてもじゃないけれど思えない。もちろん、ジャズを名乗っている以上は先人たちの演奏をベースにしているだろうし、あいだにレスター・ヤングという重要な先駆者がいたのは確かだけれど、何か別のレファレンスを彼らは共有していたはずだ、とぼくには思える。スウィングとバップを分別にする「何か別の要素」が、おそらくパーカーを通して、混ざり込んでいる。

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 スウィングからバップへ。両者の重要な違いは、まずもってリズムの変化である。スウィングというは世俗化された大衆のためのダンス・ミュージックであり、聴衆に同じリズムで身体を振動させることを要請する。その前進となった軍隊音楽も同様に、というかもっとあからさまに、多数の聴衆に「同じリズム」を刻ませるものである(世界大戦→世界恐慌という地政学的な状況は、単一のリズムで多数の人間を同調させる仕組みをもった音楽を十分に洗練させ、それだけではなく、終戦後に楽器の大量に流通させた。これはバップの発生条件として必須だった)。しかし、モダン・ジャズはむしろ、踊れない。踊れないこと=聴衆を停止させること、を目指していたようにさえ、感じられる。ドラムはリズムを明確に刻むことを辞め、バスドラからシンバルへと重点を移し、ベースは広いレンジで音階を行き来し、フロントもアクセントをものすごく自由に付けるようになった。それにともなって、ダンスフロアで聴く音楽から、椅子に座って身体を硬直させて聴く音楽へ、「聴き方」そのものも明確に変化する。

 音楽と踊りはともに発展してきたものであり、両者の関係性を否定する、一度断ち切るというのはかなり思い切った決断だ。それに近いのは当時の一部のクラシック音楽、例えばストラヴィンスキーやラヴェルなんかの楽曲が持っていたノリに限られると思う。春の祭典(1913)の異常な緊張感と複雑さが要請する身体の動き。ラヴェルの弦楽四重奏の、単位化されたフレーズのポリリズミックな構成、のもつ浮遊感。踊れないというより、「別の踊り」への移行といってもいいだろう。「縦ノリ」という状態が単一のリズムに身体が対応し運動している状態だとすれば、モダン・ジャズ特有の「横ノリ」(身体を捻るようなようなリズムの取り方じゃないと上手くノレない、という状態)は複数のリズムをひとつの身体に内在化させた際の、身体のひとつの折り合いの付け方だ。

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 パーカーはインタビューでストラヴィンスキーやラヴェル、シェーンベルク、ヒンデミットあたりを好んで聴いていると答えているし、彼の伝記映画には実際にストラヴィンスキーも登場するけれど、いずれにせよ当時の最新のかなり難解な音楽を、直接インスパイアするというよりも聴きながら吸収するというかたちで、取り入れていた。こんな人ほかにいなかったから、パーカーをコピーせざるをえないということになるんじゃあなかろうか。ポイントはパーカーの音楽の聴き方の「節操のなさ」と、それによるジャンルの混合にあったのではないかコナンくんのBGM

 渡米後のストラヴィンスキーの作品やジャズやブルースをモチーフとして扱ったラヴェルの曲をはじめて聞いたときなんかは「ジャズの元ネタ絶対これじゃん!」と思ったし、後ほど紹介するコンテンポラリー・ジャズはほとんど「この路線」で発展したものだと確信できるくらいだった。無数にあった現代音楽の可能性のひとつの枝分かれの先にあったのがビバップのであり、ひいては現代まで続くジャズ的な実践なのではないか、というのがぼくの説。言葉じゃうまく説明できないんだけど、ストラヴィンスキーとパーカーって明らかに何か、おんなじようなフィーリングがあるんだよね。少なくともぼくにはそう聴こえる。なんだろうね。プロのミュージシャンや音楽史や音楽理論の専門家だったら、もっとうまく言語化できるんじゃないかと思うんだけど。

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 ほとんど個人的な音楽の趣味、傾倒に近いものだったかもしれない。それでも、パーカーという個人の身体を通して、スウィングという大衆音楽、レスター・ヤングの即興演奏、そしてバリバリに難解な現代音楽の和音とリズムの解釈がなぜか出会ってしまい、ドッキングし、かなり特異なかたちで発現し、セッションという楽器を通した非言語的なコミュニケーションによって他者と共有された、言語を通さずに各人のなかで内在化された、というのが、ガレスピーやパーカーやモンクの周辺で1940年代に起こっていた出来事だったんじゃないか。では、この「閉じたコミュニティ」では実際にどのようなことが音楽的に実験されていたんだろう。

 重要なことはこの時代のプレイヤーたちは西洋音楽を経てリズムや和音に対する理論的なアプローチを(手探りではあるが)実践していたことである。即興演奏のベースのとなるのは、基本的にはコード・トーン(和音の構成音)を中心にした音の動きだ。コード・トーンを使っているかぎり「はずれた音」を使ってしまう心配はない。これ自体、とても理論的な音楽へのアプローチである。ではこの理論的な音楽へのアプローチを前提に、即興演奏をより豊かに、複雑に、未だ誰も聴いたことのないようなスリリングなものにしていくためにはどうすればいいかというと、答えは意外と単純。即興演奏の指示書であるコード進行、それ自体を複雑にしてしまえばいい。

 「閉じたコミュニティ」で実践されていたのは、既成の和音=ハーモニーを別の和音へと代替する技術、すなわちリハーモナイズだった。そう、ものすごく単純化してしまえば、ビバップ=モダン・ジャズというのは、既存(当時の流行曲)のコード進行を細分化・リハモしながら、新たな展開をひねりだしつつ、曲の構成が(ひいてはそこから導出される即興演奏が)ひたすら複雑になっていく運動だったといえる。

 コードの進行には「着地感」みたいなものをつくる特定のの組み合わせがあるのだけど(いわゆるドミナント・モーション)、この着地感さえちゃんとあれば他の和音の組み合わせでもおk!!みたいな割とゆるめの考えに基づいて、既存のコードを別のコードに代替させたり、その着地感自体をキャンセルする技術(いわゆる偽終止 Deceptive Cadence)だったりが、リハーモナイズ、いわゆるリハモと呼ばれるものだ。完全に正しくはないけれどだいたい正しければよかろう。機能さえ満たしていれば代替可能!!という考え方の拡張・ほどけの法則(ゴンブリッチの「棒馬考」っぽいよね)。彼らはいわばリノベーションの達人だった。これによって、なるほどコード進行はより複雑に細分化することが可能になり、即興演奏での「使える音」が単純に増える。音楽文法それ自体をアップデートせずとも、より複雑な即興演奏が可能になる。 なおかつ、パーカーやセロニアス・モンクが言語によって、頭のなかで想定しているリハモの状態を共有していたことはおそらくなかっただろう。つまるところ、ピアノとサックスとトランペットベースとギターが、それぞれ微妙に異なるコード進行を想定しながらガシャーンと一緒に演奏するするみたいなことがありえるわけで、それはバップの強い緊張感に直結していたと思われる。各々が勝手にリハモを実践するということは、下の図でいえば、1と4と8と10のコード進行が同時に進行する、みたいなことが当然ありえるということを意味している。

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△ もっとも基本的なブルースのコード進行が一番上で、下にいくほど複雑にリハモされていく(THE REAL JAZZ GUITAR, ケイ・エム・ピー, p.55, 2004)

 既存のコード進行をひたすら細分化していくこと。バラバラにしていくこと。この運動には際限がない。これは美術でも文学でも建築でもそう変わらないと思う。いったん「バラバラにしていくのターン」に入ると、座礁するまでその流れは止められない。バップの場合はそもそも演奏におけるテンポが高速で、コンマ以下のスピードでコードが進行していくわけだから、ほとんどもう狂気の世界である。引き裂かれたコードに対し細切れのフレーズが対応させられて、複雑怪奇なコラージュ的即興演奏が展開する(半ば自動的に)。そこでは「考えて演奏する」主体性さえまともに発動しない。する暇がない。これはたいへん面白いところなんだけど、とはいえ、このコードの複雑化運動が続いていけば、その演奏は速度や技術や複雑さを競うチキンレースさながらの様相を帯びていき、肝心の音楽的な気持ちよさからはどこかズレが生じてしまうだろう。これはある意味では当然の成り行きだったのだと思う。パーカーの少し下の世代、マイルスやコルトレーンの世代でこの方法論は技術的には最高潮に達するが、同時に彼らの世代はその限界にも直面することになる。(つづく)

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