声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨Takahiro Ohmura

JUNE.27,2020_パーカーを乗り越えて

  前回からの続きを気合で書いてみるの回。

www.ohmura-takahiro.com

 マイルス・デイビスに限らず、アート・ブレイキーも、ソニー・ロリンズも、バップの複雑化運動とその限界には早々に気がついただろう。けれどマイルスが突出していたのは、それこそ「コード進行」という概念自体が存在しない即興の枠組みを考案してしまったことだった。それがモード。

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 モードは「旋法」と訳される音楽の捉え方のひとつだ。いったいなにかというと、ある特定の音の組み合わせ(音階=スケール)を下から上まで順番に弾いていったときにその旋律が放つムード=雰囲気のことを指している、と思えばひとまず大丈夫、だと思う。だからモード(mode)とムード(mood)は意外と内容的に近いんだよね。たとえば1オクターブの12音のなかから任意の8音を選んで、それを下から順番に鳴らしていくとする。すると 、音の種類やその順番によって、旋律は楽しげになったり、悲しげになったりする。この雰囲気の変化がモードと呼ばれていて、各々の旋法ごとに名前がつけられている。ドリアンやリディアンといったチャーチ・モードなんかが代表的だけれど、種類自体は無数に存在すると思われる。それこそ昔はおそらく、地域ごとに独特のモードが存在していて、それが民族のひとつのアイデンティティになっていたりしたんじゃないかと思う(ドリアンやリディアンといった名前ももともとは地名だ)

 単なる音階ではなくどの音から鳴らすのか、ということがすごく重要で、できるだけ噛み砕いて言語化すると、最初に鳴らした音が基底音(ルート)になって、その音からの2音目や3音目の距離(度数)の違いによって、最終的な旋律の雰囲気が変わるということ。まったく同じ音の集まりでも、スタート地点が変化すると、すくなくとも人間には違う雰囲気でその旋律が聴こえてしまう(不思議なことだ)。たとえばピアノの白い鍵盤だけを使っても、ファソラシドレミと鳴らすと明るく聴こえるけれど(これがリディアン・モード)、レミファソラシドと鳴らすと悲しい感じで聴こえる(これがドリアン・モード)。同じ空間でも経路の順番によってぜんぜん印象が変わったりするけれど、それと似ているかもしれない。いわばシークエンスの導入というか、音楽を空間的に捉えるということかもしれない。

 マイルスはこのモードという考え方を使って即興演奏における「指示書」のあり方を刷新し、その成果は1959年の『Kind of Blue』などで結実する。バップの場合は複雑に細分化したコードが曲の展開を規定していたわけだけれど、マイルスの曲は、曲ごとに特定のモード=雰囲気が指定されているというものだった。譜面にはテーマの旋律と、「この曲はドリアン的な感じで!」みたいな指示だけが書かれていて、即興は理論化された「雰囲気」を共有することだけでおこなわれた。これによって際限のないコードのリハーモナイズにいったん区切りをつけ、風通しをよくしたわけだ。もちろん、バップという過程を経たことで各プレイヤーが即興的に扱えるハーモニーの種類が格段に豊かになっていた、ということがあってのトライだと思うけれど、それにしても革新的な試みである。

 とはいえそれによって、バップでは主人公的なポジションにいたフロント楽器(トランペットやサックスといった管楽器)の演奏それ自体が大きく変革されたわけではない。そうではなく、これまではフロントの演奏を下支えする役割であったベースやピアノのバッキングといった要素が重要な役割を持ち始めたというのが、モードの画期的な点だった。とりわけベースが演奏の最重要項目へと躍り出たということが大きい。

 前述した通りバップはひたすらコード進行を細分化、テンポを爆上げしていくチキンレース的な運動だったので、曲が複雑になればなるほど、和音の基底音=ルートを提示するという役割を担っていたベースの演奏は機械的にならざるをえなかった。テンポを提示していたドラムも同様。リズム隊はあくまで、フロント楽器のアドリブを成立させるための脇役にすぎなかったのだ。ところがモードでは曲の「展開」が事前に想定されていないので、ベースが即興的に場面場面でコードを想定したり、フレーズに合わせて進行を提示したり、ひいては曲の展開を先導する役目を担うことになった。つまるところ即興演奏において各プレイヤーに指示を出す、というめちゃくちゃ重要な役目を新たに与えられたと。ジョン・ゾーン的な役割(時代錯誤)。この各楽器がになっていた役割を変更したことこそ、モードの革新的なところだったのだとぼくは理解している。事前に措定されたハーモニーに即した即興から即興に即した事後的なハーモニーの展開へ。もうひとつ、ここでは事前練習すなわち「稽古」の重要性もバップ以上に重要なものとなる。

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 マイルスのこの戦略は、1967年の『Nefertiti』というアルバムでより一層推し進められた。この曲はもはやモード=雰囲気の指示すらなく、フロント楽器はひたすら同じフレーズをリフレインする。曲を展開していくのはもはやベースでもなく、ドラムである。ひたすら同じフレーズが反復されるなかで、ときにダイナミックに、ときに繊細に、終始自由に、トニー・ウィリアムスのドラムがとんでもないカッコよさで聴者を圧倒する。そしてテーマのリフレインが少しずつ、少しずつ、壊れていく。そういう曲。ぼくはこの曲がパーカー以降の「近代的」な即興演奏の枠組み、すなわちモダン・ジャズのひとつの到達点だと思っている。

 マイルスはこの後、「別の楽器(音)」の可能性を探っていく試み、電子楽器を取り入れていくという方向に向かう。『Nefertiti』と鮮やかな対をなすふたつの超名盤、『Bitches Brew』と『On The Corner』が立て続けに発表されるのはそれぞれ1970年と1972年。他の多くの分野と同じように、というか他分野と大いに響き合いながら、1970年を境にして、モダンはポスト・モダンへと移行していく。前回の冒頭の話題に戻るけれど、たとえ建築のことであったとしても、「モダン」ときくとぼくの頭のなかでは『Nefertiti』が流れるし、「ポストモダン」ときくと『On The Corner』が流れてしまう。超個人的な都合なのだけど、大学の学部3年くらいまでは設計課題のエスキスは初回くらいしか行かずひたすらジャズ研の部室にセッションしに行ってたような感じなので、どうしてもそういう視点であらゆる歴史を見てしまう。刷り込みとは恐ろしいものだ。でもそれが歴史的なパースペクティブを得るということなんだと、今となっては思う。ポストモダンね!あのノリね、オン・ザ・コーナーの!ハイハイワカルワカル!!みたいな適当なノリで建築も楽しめるようになってよかったと思う。

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 留意すべきは、上記のマイルスの数々の試みは彼個人のアイデアによるというよりも、マイルスが見つけてきたすごい優秀な仲間たちが開拓したものだということ。これがパーカーとマイルスの大きな違いだと思う。モードというアイデアの中心にいたのは、クラシックの素養がありそもそもモーダルな即興演奏を身に着けていたビル・エヴァンスやジョン・コルトレーンだし、『ネフェルティティ』ではウェイン・ショーターがほぼアイデアを出していたのだと思われる。このマイルスの革命の「中の人」たちがその後どういう演奏をしていったのか、ということを見てみよう。ここからは現代とほぼ地続きの問題になってくる。

 

 まずエヴァンスについて。先ほど、演奏におけるベースの重要性がモード以降飛躍的に高まったんだということを書いたけれど、彼のトリオの場合はベースのスコット・ラファロの貢献がすさまじかった。このアイデアの豊富さ、、。

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 エヴァンスの演奏は、共同するプレイヤーの可能性をより一層広げるようなところがあると思っている。ピアノという主役にも脇役にもなるような、そういう役割のチェンジを求められる非常に汎用性の高い楽器だったということもあるかもしれないけれど、彼の演奏からはつねに他の演奏者への配慮みたいなものを感じる。フラットな共同の枠組みを常に実践しているような感じ。これは多分、モーダルな即興のアプローチのひとつの成果なんだろうな。エヴァンスの音に対してラファロとポール・モチアンがどう反応しているか、に注目して『Waltz for Debby』(1961)を聴くととても楽しい。それはジム・ホールとのデュオ作品である『Undercurrent』(1962)でも同様で、なんかやっぱりつねに関係性がフラットなんだよなぁ。不思議だ。ジャズのアルバム3枚選べと言われたらぼくは『Undercurrent』を選ぶというくらいに好き。ジム・ホールが好きすぎるということもあるけれど、、。

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 ちなみにエヴァンス・トリオのドラマー、モチアンは自身のバンドで無名の新人を起用しまくって癖の強い演奏をしまくるというイケてるおじいちゃんへと進化を遂げる。現在第一線で活躍している重要なプレイヤーはモチアン・バンド出身者がめっちゃ多く、まさに新人発掘の達人という感じで、コンテンポラリー・ジャズの中心には常に彼がいたと行っても過言ではない。彼もまた、フラットな共同の枠組みをずうっと模索していたのかなと思う。

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 ジョン・コルトレーンがマイルス・バンドを脱退後に『Giant Steps』を出すのがマイルスの『Kind of Blue』の直後、1960年のこと。コルトレーンは音楽理論にそうとう精通していた人で(まさに研究者って感じの人で)、表題の「Giant Steps」はナチュラルな発想では絶対に出てこないような超人工的なコード進行によって作られた、目まぐるしく転調しまくる異常な曲である。非身体的で、ものすごーく即興がしづらく、というかむしろ、即興のしづらさのためのひねり出されたといってもいいくらいのものだ。まず間違いなく、バップの細分化・複雑化現象を「中断」するためのひとつの方法として考案されたんだろうなと思う。慣習的なコード進行をすべて否定して、アドリブから手癖をすべて放逐しようとい試み。

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 バップを乗り越えるということはつまり、「チャーリー・パーカー的な身体」を脱皮して、新たな身体を手に入れるということだ。そのためにはいったん、既存の身体は破壊しなければならない。コルトレーンはそのために、徹底的に理論を駆使したアプローチを採ったのだった。

 だからこそ彼がその後フリー・ジャズに転向するのは必然だったのかもしれない。というのもコルトレーンからしたら、まったくもって「非理論的」な仕方で既成概念を乗り越えちゃっているオーネット・コールマンの登場は、ものすごく大きな事件だっただろうから。パーカーとはまったく異なる「新たな身体」が突如として、現れたのだ。

 オーネットの演奏は、音楽の構造的な部分への興味よりも、「音」そのものに対する興味のほうが大きいように、ぼくには聴こえる。とても音響的なアプローチというか、触感的な即興のアプローチという感じ。

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 バップというのはド直球な構造的インプロヴィゼーションだけど(構造的というのはつまり、語彙があって、文法があって、慣習があって、そのなかで「会話」をするというような即興のイメージだ)、オーネットの演奏は構造がなく、エロティックで、テクスチュアが全面化している。だからこそ、いわゆるフリー・ジャズがノイズミュージックや90年代と音響派とどこか通じるところがあるのは自然なことだと思われる。でも、両者は決して対立するものではないとぼくは思う。ぼくのなかでは、パーカー最高!!という気持ちとデレク・ベーカー好き好き大好き!!という気持ちは無理なく同居している。問題は「聴き方」(楽しみ方?)が大きく違うことなのかなと思う。

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 いずれにせよ、現代のジャズ・ミュージシャンは構造的なインプロヴィゼーションと非構造的なインプロヴィゼーションをなんとか統合しようとしているような気がする。とはいえ、オーネット・コールマン的な演奏が即フリー・ジャズになるということもない。オーネットに大きな影響を受け、実際に共演もしているパット・メセニーの(1986年の『Song X』は傑作)、とりわけトリオでの演奏はオーネットの影響が色濃く出ている気がするのだけど、そこでは構造的な即興のアプローチと非構造的な即興のアプローチが、1小節ごとにスイッチするようなバランスで両立していると思う。パットはこれを「月面をジャンプしている感じ」とか言ってたかな。曲の調性(トーナリティー)はしばしば重力に喩えられるけど、パットの演奏は重力を完全に逸脱するのでもなく(フリー・ジャズ化するのでもなく)、かといって完全に重力に身体をがんじがらめにされるのでもなく(バップ化するのでもなく)、月面をふわりふわりと飛び跳ねているように重力との折り合いをつけている。

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 最後にもうひと踏ん張り。『Nefertiti』の中心人物だったウェイン・ショーターは70年代に入ってマイルスのもとを離れ、Weather Reportというバンドを結成する。モダニスティックな方法を極めた後、マイルスと足並みを揃え、かつ別の方法で、ポストモダンへと以降するわけですな。ハービーの『Head Hunters』が1973年、ブレッカー・ブラザーズの「Some Skunk Funk」が1975年、Weather Reportに所属していたジャコ・パストリアスがソロ・アルバムを出すのが1976年、上述のメセニーがジャコをベースに迎えデビューアルバム『Bright Size Life』を出すのも同年1976年。この時代のフュージョンの充実っぷりといったらすごくて、何か抑圧されたものが一気に噴出するような感じがある。このポストモダン的な方法はその後、商業主義的な方向にいってしまってものすごいダメな方向へと形骸化していくのだけど、でも脱近代(パーカー)的な方法としてひとつの可能性をもっていたのは確かだと思う。

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 付け加えるならば、フランク・ザッパの『Hot Rats』は1969年のリリースで、上記の流れに先行している。キング・クリムゾンの「21st Century Schizoid Man」も1969年。ソフト・マシーンがジャズ・ロック的な方向にシフトするのは1970年前後。いずれもたいへんにすばらしい。マイルスがエレクトリック化するのは1968年からなので、ほとんど全部、同時に進行していたといってもいいだろう。どれも音楽的にリンクしすぎていて、この時代いったいなんなの……、となる。

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 2000年以降になるとまた別の試みがいろいろとなされてくるのだけど、さすがに疲れ果てた。限界なのでこの辺にしておこう。音楽を言葉で表現するのって本当に難しい。ぼくにはほぼ無理だ。今回はYoutubeのリンクを貼り付けるという裏ワザを駆使しまくっちゃったけども、雑誌とかで連載してるプロの音楽ライターとかほんとすごいんだね。あらためて尊敬である。