声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨Takahiro Ohmura

JULY.23,2020_日本沈没

 湯浅監督の「日本沈没2020」、様子見の気持ちで一話を見たら、そのままずるずると全話見てしまった。ネットフリックスでいきなり公開される系の作品、ハマると一気に時間が溶けちゃうので困ったものだと思う。ただし、おもしろければ、だけれども(「7SEEDS」ではこうならなかった!怒)。そう、この作品はおもしろかった。個人的にはすごくおもしろかった。でも見終わってから感想を調べてみるとけっこう批判されていることがわかった。思い当たるところがありすぎるのでなんともいえないのだけど、ひとついえるのは、このアニメはけっしてマジメに見ちゃいけないヤツだということだ。とくに災害サバイバルモノとしては絶対見てはいけない。リアリティのラインがかなり低いところに設定されているので、そういう態勢で臨むと絶対に裏切られる(怒りさえ覚えるかもしれない)。何が起こっても受け入れるようなおおらかな気持ちで、いい加減に見ることをオススメする。ストーリーの辻褄がどうこうよりも、イメージの鮮烈さとか、音楽の素晴らしさとか、キャラクターの動きの面白さとか、表情の豊かさとか、そういうものらの一瞬一瞬に集中しながら見るといいんじゃないかと思う。

 このアニメが「いい加減な」作りになっしまっている原因は、湯浅監督の作家性云々ではなく、そもそも小松左京の『日本沈没』という作品が、現実に起こりうる事態をシミュレーションするたぐいのSFではないからだと思われる。プレート・テクトニクスで日本が沈没する......!!というのは科学的な裏付けを詐称することさえ馬鹿げているような設定じゃあないか。それはSF作品としては致命的な気がするのだけど、日本沈没がおもしろいのは、そのトンデモ科学的な設定を間に受けたことにしておいて、文字通り地面が沈没する様を本気で描き出してみることで、民族のアイデンティティとか国という枠組みとか、そういう安定した大地を前提に組み立てられている既存の制度を根本から見直さざるを得ないような状況を作り出していることだ。教科書的なSFであれば、科学的にありえるかもしれない設定や未来の状況を精密に設計した上で非現実的な展開が描き出されるわけだけれども、日本沈没はそうではなく、「沈没」という非現実的なイメージが先行するのだ。プレート・テクトニクスで揺らされるのは地面だけではなく、もっともっと構造的な、目に見えない世界の法則みたいなものも一緒にグラグラ揺らされる。あまりにも馬鹿げた、常軌を逸した、絶望的でむごたらしい状況が、すべての出来事に先んじて起こる。たとえばネオレアリズモも瓦礫と化した都市のイメージからすべてが出発するけれど、これはもしかしたら戦後の(戦争を経験し、なおも生き残ってしまった作り手たちの)作品にある程度共通してみられる傾向なのかもしれない。

 湯浅監督の「日本沈没2020」があまりにも馬鹿げた展開続きなのは、原作のもつこうした構造をかなり真面目に引き受けているからだと思われる。その構造をひとことで言えば、「事実」と「比喩」の見分けがつかないこと、だ。沈没という表現は比喩ではない。マジでそのままの意味で日本は沈没する。でもそれは単純な事実でもない。沈没という言葉は多分に喩的に、物語の中で機能する。こういう表現には、なによりアニメーションが向いている。

 文字通りに地面がパックリとわれて、人がおおぜい死ぬ。地面が傾き、海へと沈む。そのとき、同時にアニメの「お約束」それ自体もパックリと割れて、ずれたまま縫合されてしまう。先行するイメージとの悲劇的な状況は、メタな部分にまで及んでしまっている。だからこそ登場人物はラリったような意味不明の行動をするし、それによって物語はおかしな方向に展開してしまう。でも、本作では単にラリった“ように”人物が行動するのではなく、彼/彼女らは文字通り大麻やヘロインでラリってしまうのだ。比喩ではなく、事実としてキメちゃっているのだ。 このアニメはこういうところがほんとうに徹底していておもしろい。日本沈没のもつ「事実と比喩の混濁」という特異な構造を、アニメーションという媒体によって徹底的にドライブしている感じ。

 で、それはおもしろいんだけれども、やはり3.11や熊本地震、近年の大雨のような大きな災害が身近になってしまっているぼくらは、どうしてもこういった種類のアニメをまじめに、真剣にみてしまう重力から逃れられない。批判の声が多いのはそういうことなんだろうと思う。でもそれは決して、作り手として軽んじていいことではない。本作は、一話の作り方に問題があったのだと思う。というのは一話が「まじめなサバイバルもの」を偽装しているような内容になっているからだ。「あ、東京マグニチュード8.0的なやつかな?」って思っちゃう感じ。視聴数を稼ぐためにあえてそう演出されている、ような気さえ僕はした。これはいわば「釣り」だし、ちょっとよくないんじゃないかと思った。このアニメはいい加減な気持ちで見てくれよな!!というサインを、一話の時点でもっと出すべきだったのだろうと思った。

 とはいえ、終盤に行くにつれてアニメ世界の表象と構造が同期しながら壊れていく展開はほんとうにすばらしかった。坂本龍一の音楽も素晴らしい。個人的なハイライトは、9話のラップバトルに瞬きで参加してる小野寺さん。