声にだして読みたくなるブログ

大村高広丨Takahiro Ohmura

OCT.11,2020_日帰り関西遠征

 今週の火曜か水曜あたりに、大阪の国立国際美術館でやっているヤン・ヴォーの展覧会が最終週ということで、急ぎ夜行バスの予約をとった。何人かの親しい友人たちから、見ておいた方がいいよと教えてもらっていた展覧会だったから、いずれ行こうとは思っていたけれど(多方面からそう言われるのは只事ではないな、と)、いつも通りうだうだしていたら直前になってしまった(コロナの影響で作品の到着が遅れたから作家が会場構成にひたすら時間割いていてすごいことになっているらしい、という噂を聞いたのはもう一ヶ月以上も前なのだが)。go toを使えば安く行けるだろう、などと考えていたのだけど、最低でも2週間くらい前からじゃなきゃとてもじゃないけどチケット予約できないっぽく、けっきょく行きは夜行、帰りは新幹線ということにした。金沢21美のボレマンスの展示もおそらく、いや間違いなくいくので、こちらは早めに準備したいところだ。

 夜行バスは、海老名から乗った(4シートはしんどいなと思い、3シートにした)。家に帰る道すがら、謎の大空き地があるなといつも不思議に思っていたのだが、なんとそこが高速バスの乗り入れ場だった。仕事を終え、準備をしてから、23時くらいにバス乗り場についた。台風が近づきつつあり、雨がふっていた。風も徐々に強くなってきていた。割と濡れたし、靴下も湿ってきた。さすがにバス乗り場には屋根とかあるやろ、と安易に考えていたのだが、海老名の高速バス乗り場に屋根などあるはずがない。待っているあいださらに濡れる。バスにのり、靴下をはきかえ、寝ているのか寝ていないのかよくわからない時間を6時間ほど過ごすと、大阪についた。

 大阪についたら、友人のすすめもあり、まず銭湯に向かった。目も覚めるし、どこかでコンタクトも入れたいし、たしかに良いなと思った。6時からやっている銭湯で、開店直後だったのだけど、すでに人がたくさんいた。更衣室で服を脱ぎ、裸のまま螺旋階段を登るとお風呂、という構成。はいって気づいたのだけど、シャンプーや石鹸が備えつけられていない。それはそうだよな銭湯だもん、忘れていたな、と思ったが、バスに乗る前にシャワーは浴びたし、熱いお湯につかるだけで十分、と考えなおした。シャワーがとにかく熱い。嫌がらせのように熱い。でも、まわりのみなさんは平然とシャワーを浴びていて、信じられない、なんなんだここは、と呆然としていた。お湯につかると、ぼく以外の入浴者の身体にほぼほぼ刺青がはいっていることに気がつく。だいたい道を極めている系の人であった。そりゃ熱いシャワーなんか平気なはずだ。しかし、みなさん朝が早い。もしかしたら一般のお客さんに配慮して早朝に、みたいなことがあるのかもしれない。熱い湯船につかると、夜行バスによるコリみたいなものがとれて、身体が軽くなった気がする。濡れたままバスで過ごした不快感もサッパリ消え去ってくれる。強いていうならば2時間ほど仮眠をとりたかったところだけれど、銭湯にはそんなスペースはない(まして周囲にはその道の人たちがたくさんいる)。サウナでもよかったかな、と思う。

 その後、梅田駅から国立国際美術館のほうへと歩いた。あいかわらず雨はふっていたが、関東ほど風は強くないし、そのうち晴れそうな感じだった。西に移動したことでうまく台風をやり過ごせた気がする。途中、マヅラ喫茶店に寄った。去年も来たけれど、あいかわらず、おもしろい。400mmほど下がった円形のスペースが真ん中にあり、その外周に鏡面の壁柱が並び、透明の棚板がかかっている。円の中心にはミラーが貼られたテナントビルの矩形の柱があり、それを取り囲むようにグレーとピンクのソファが配置されている。円形のくぼみの外側にはテーブルと椅子のセットが並べられているのだけど、どれも重心が低く、色がベージュでかわいい。テーブルセットのあいだには、V字の切り欠きがなされた薄い水色の間仕切り。クレーターのようなゴツゴツした天井。表現主義っぽい装飾がなされた外部(テナントビルの廊下)との間仕切り。店員さん(名物店員っぽい雰囲気)の対応はどこかレトロで、言葉使いはとても丁寧だけど、動きはリラックスしていて、のそのそしている。店員さんのキャラと動きのユーモラス感があるから、鏡面を駆使したトリッキーな内部空間だけれど、決していやらしくない。

 10時ごろ、美術館エントランスで、今日一日一緒に過ごそうといっていた(山川)陸さんと合流し、ゆっくりと展示をみる。感想についてはたぶん長くなるので、また別の日の日記で。展示室にはけっきょく、3時間ほど滞在してしまった。それでも見切れたという感触はまるでない。でも手放しですべてを褒めるという感覚にもなれない。おもしろさとモヤモヤが両方残る後味だったけれど、そういう感覚になる展示は総じて良い展示だと思っているので、わざわざバスに乗ってきた甲斐があったなと思う。単純に気持ちよくさせてくれない、しっかりと思考することを要求してくる、という感じ。

 展示をみたあとのロビーで、以前からtwitterで知っていた木村俊介さんに遭遇しご挨拶をする。お会いしたかったので、幸運だった。その後一緒に心斎橋のルイ・ヴィトンを見学しにいき、夜に木村さんが会場構成をなされたKyotographieを見に行くことを約束して一旦解散。

 その後、京セラ美術館に向かった。青木淳さんと西澤徹夫さんの設計。こちらも、たぶん3時間くらい滞在していた。本当にすごい建築で、久々に、建築をみて悔しい気持ちになった。ここをこうすればもっと......という点がひとつもなく、お手上げという感じ。歴史的な既存建物に介入するプロジェクトとして非常によくできているし、ふつうにぞくっとするようなシークエンスもあるし、建築の専門ではないみなさんも満足されているようだったし......。既存の京都市美術館を知っているご高齢の方から、インスタ映えするスポットを探す高校生まで、年齢と目的を問わず多くの人々を受け入れることができる懐の深さがあって、公共のプロジェクトの希望を垣間見た感じ。写真の現像が上がったら、また。

 日が暮れかけてきた頃、木村さんが会場を作られたKyotographieへ。マリアン・ティーウェンと福島あつしの展示をみる。細長い路地に面する四棟の町屋(デベロッパーが再開発のために買い取ったものの、立ち退きが済んでおらず手持ち無沙汰になっていた物件、ということだったかな うろ覚え)を改修し、展示スペースとしているエリアだった。廃材をうまく再利用した(その後の再再利用も考慮に入れた)木村さんの設計で、ここで展示をやってるよ、という場所に路地が生まれ変わっている。

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マリアン・ティーウェンは、建築物を部分的に解体し、その半分崩れかけた建物を撮影した写真を素材にしてイメージを制作している作家で、今回は解体予定の町屋の一棟をまるまる制作対象にしていた。マリアンさんによる半壊状態の町屋の内部空間も見ることができたのだけど、すごい迫力だった。福島さんの作品は独居老人の私的な空間を記録の題材としたたいへん切実な内容で、よかった。彼/彼女らの生(活)を下支えしている若い人たち(今回の作品の場合は福島さん本人な訳だが)との距離間が写真にとてもよく現れていた。マリアンさんと福島さんの写真に対する態度は対照的で、写真というメディウムについて改めて考えさせるようなキュレーションになっていて良い展示だった。会場構成された木村さん本人から、作品の内容と展示空間の距離の取り方のお話を伺えたことも非常に勉強になった。内容と空間を完全に切り離しはしないけれど、完全に癒着させたくもない(演出的になってしまわないようにという配慮だと思う)という建築家の態度に共感する。

 一時間半くらいだったろうか、終電もあったので短い時間だったけれど、近くの居酒屋(といってもすごくお上品なお店)でお酒を一杯と天ぷらなどを陸さんと食べ、今日の反省会。朝からうんと歩き回っていたので疲労困憊だったけれど、良いものをたくさん見れた。下の写真はこのお店なのだが、なぜがすげーぶれてしまっている。

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 ところで、しいたけ占いは当たる! とぼくの周囲ではささやかれがちで、半信半疑だったのだけど、たしかにあたっている気もする今日この頃。今週のアドバイスは「脇道にそれると新しい出会いとかがあってグッド」(大意)

https://voguegirl.jp/horoscope/shiitake/cancer/20201005/

 

 翌日の今日、昼から毎週恒例の歯医者だったのだけど、午前中ずっと倦怠感がやばかった。夜行バスの影響かもしれないけど、普通に自宅ベースの生活習慣によって体力が落ちている気がして、鍛えなきゃ、という気持ちを新たにした。

 歯医者の帰りに千駄木に寄ってフィルムの現像を出し、毛家麺店で坦々麺を食べ、zoomミーティングをし、空いた時間で読書会の本を読み進め、いつも服を買いにいっている吉祥寺のお店でカットソーを一枚買い、近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら、この日記を書いている。吉祥寺の小さな服屋さんは、ドアを開けるとすぐそこにミシンがあり、目の前で服を作っているようなお店で、とても気に入っている。店舗と制作所が一体なっている感じなのだけど、値段はすごくお手ごろ。ただ、あまりたくさんは作られていないので、instagramでいいなと思う服があっても、急いで買いにいかないとすぐになくなってしまう。首元が青色の、かわいらしいカットソーを買った。自分にこのかわいらしいが似合うかどうかはともかく、良い服だとおもった。